例えば。
俺達の学年では「お受験」が盛んだったこととか、中学校の校区が殆どの仲間達と違っていたこととか。
そんな偶然が重ならず、中学に入ってからも小学校時代の友達が周囲にいれば、俺と北斗の関係はああまで拗れなかったかもしれない。
中学でもやはり俺達のクラスは離れていた。
同じ小学校出身は少なく、親しかった友達は誰もいなかったから、必然的に人間関係を新規構築せざるを得なくなる。
それ自体には何の問題も無い。俺も北斗も人見知りなんて単語とは無縁だったから、小学生のときもクラス替え毎にちゃんと新しい友達を作っていた。
当たり前の事の筈なのに、北斗が俺の全く知らない誰かと話してる、って思うと酷く不安になった。
大丈夫、いつも通り北斗が作った友達に話しかけて自分も仲良くなってしまえば良い――何度も自分に言い聞かせた。
俺が薄々予感していたように、部屋が分かれたことで俺達は今まで考えたこともなかったお互いのプライバシーというものを意識するようになり、いつの間にか用が無いときは勝手に相手の部屋に入らない、と言う決まりが出来た。
俺達はどんどん同じことも出来なくなっていく。
一人きりの部屋で俺はこっそり星の本を読むようになった。最初に買った「星と伝説」は何処かに行ってしまったけど、代わりにもっと専門的なものが何冊も集まった。
この新しい趣味を北斗に黙っていたのは、以前北極星について調べたことがきっかけだったからだ。
北斗との差をどうすれば埋められるのか。
あいつは俺にとっての北極星だから、俺もそうなればいいんじゃないだろうか――誰からも目指されるような人間に。
具体的にどうすれば良いか、子供の発想では大したことは浮かばなかった。例えば学校の成績で一番を取るとか、クラスの中心になって大勢と仲良くなるとか。
『すげぇなあ、南斗』
そう言っていつもみたいに、北斗が目をきらきらさせて俺を見てくれたら、心に空いた穴も埋まるんじゃないだろうか、って思った。
中学入学して最初の定期試験前は小学校のときのように北斗と一緒に勉強もしたけれど、俺は家族から隠れるようにしてそれ以上の努力をした。結果が出てから驚かせよう、ってわくわくしながら取り組んだからか、面白いように教科書の内容が頭に入った。
そしてテストの結果は、予想以上だった。
「なに、その数字。殆ど90点越えてんじゃん!」
北斗は俺の結果表を見て、「何でお前だけこんな点なんだよ」って怒り出した。期待してた反応と違って内心がっかりしたけど、北斗は口では「ずるい」って言ってても本気で腹を立ててるわけじゃないし、未だ先は長いんだから、と気を取り直した。
「中間テストの結果、もう出たんじゃないのか?」
この日は珍しく父さんが早く帰ってきていて、夕飯後に四人でテレビを見てた時のことだった。
全教科平均点よりちょっと上ぐらいだった北斗はそわそわしていたから、俺が先に結果表を父さんに渡した。
「三位!? 母さん母さん、見てみろ」
「何? ――あら、凄いじゃない!」
父さんと母さんは大袈裟すぎるぐらい喜んで、父さんなんか俺をかいぐり、小さい子供にするように頬擦りしてきた。
息苦しくなって顔を逸らすと、両親と俺の輪から一人取り残された北斗が、自分の結果表をくしゃり、と握り締めてリビングから出て行くのが見えた。
父さんも母さんも、俺だけ見ていて全然気付いていない。
俺は何故かそのことにひどく安心した。
滑り出しがスムーズだったことに勇気付けられ、俺は「目指される人間」になるための計画をどんどん実行に移した。
クラスの輪には積極的に加わった。誰かが困っているのを見たら、自分に出来ることがあれば可能な限り手を貸した。
「北斗!」
「あれ、天宮の双子の弟?」
「うん、南斗だよ」
「北斗、同じクラスの人?」
「そうだよ。後ろの席の飯島」
一度北斗から紹介された人には、廊下などで顔を見るたび声をかけた。最初は軽い挨拶程度だったのが、やがて北斗抜きで立ち話する仲になる。クラスが違ってても、自分で作った友達と変わりないように接した。そして――
「おーい、天宮」
「あ、飯島」
「なぁ、今度お前んち行って良い?」
「良いけど、北斗に言った方が早いのに」
「俺、お前のほうと遊びたいんだよ」
飯島だけじゃない。北斗が仲良くしようとした相手は俺達を比較したとき、あいつじゃなくて俺を選ぶようになっていた。
期末試験では一位を取ることが出来た。
10が並ぶ通知票を見て、両親は中間の時以上に大喜びした。
「北斗のほうはねぇ……南斗を見習って、もっと頑張った方が良いんじゃない?」
「俺だって南斗と一緒に勉強してるよ、けど点取れねぇんだもん」
俺の隠れた努力を知らない北斗は、頭のデキが違うんだよきっと、と呟いた。
「南斗、クラスの田中君って子から電話よ」
「はーい」
夏休み中、うちにはしょっちゅう遊びの誘いの電話が掛かってきていた。
「またお前? しかもいつも違う奴じゃない?」
北斗は練乳のたっぷりかかったカキ氷を食べながら言った。
「今日は何すんの」
「昼からプール行こう、だって。北斗も行かない?」
水遊びが大好きな北斗は、当然のように一緒に来てくれるものだと信じていた。
「俺はいいよ」
「え、何で? プールだよ?」
「だって俺、呼ばれてないじゃん」
「関係ないよ。どっちの友達に誘われても、いつも二人で行ってたじゃないか」
「けど、この前南斗に誘われてくっついてった時、俺邪魔者みたいで凄ぇつまんなかったもん。一緒に行っても、他の奴らお前しか見てないじゃん」
「――じゃあ、俺、行かない」
「何言ってんだよ、みんなお前と遊びたくて誘ってるんだろ。関係ない俺なんか気にすんな。こっちはこっちで適当に遊ぶから」
ああ溶けちまった、って北斗はカキ氷の残骸をスプーンでかき回した。
俺と北斗が並んだとき、北斗のほうを見る人間がどんどん減ってきている。
それに気付いたとき、普通感じるのは兄弟としての心配もしくはライバルに対する優越感だろう。
けれど、俺が感じたのはそのどちらでもなかった。
俺だけが北斗を見てる事に対する、昏い悦びだった。
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