INTEGRAL INFINITY : doublestars

 高校に入って初めての定期試験では無事に学年一位を取ることが出来た。
 何事に対しても積極的に発言し、誰に対しても分け隔て無く笑顔で接する――そう言ったことを常に心がけていたおかげで、俺の存在は以前よりも簡単に「優等生」として周囲に認められた。

「おはよう」
「おはよー、待ってたぜ天宮。一限の数学の宿題、お前解けた?」
「一応全部やってきたけど」
 俺が答えると、大木は思い切り掌を打ち合わせながら俺を拝んだ。
「――すまん、この通り!」
「あっ大木君ずるい! あたし今日絶対当たるっぽいんだけど、天宮君あたしにも見せてくれる?」
「今は時間無いからノート貸すけど、時間ある時に訊いてくれれば俺の出来る範囲で解法教えるよ? 大木や土屋さんだけじゃなくても」
「流石学年トップ! 頼りにしてます!」
「その代わり大木は昨日見せびらかしてたCD貸して」
「あたしは?」
「土屋さんはいいよ、女の子だから」
 男女差別はんたーい、と笑いながら大木と伊勢原が両脇から同時に俺の頭を押した。

 勉強ばかりのつまらない奴だと思われないためには、クラスの輪の中での冗談めいたやりとりも重要だ。俺の側にいると楽しい、或いは何らかの利益がある、と他人に思わせるためにも。
 しかしそれは、中学に入りたての頃までの自然な友情とは根本的に異なるものだ。俺が取っている態度は意図的に造られたそれであり、同時に周囲がこうあって欲しいと望む虚像でもある。俺だけが北斗を見続けるために選んだ道だけれど、負担を感じることは時々あった。

 生徒会役員選挙が六月にあると言う。かなり早い時期にやるな、と思ったけれど、三年生の役員の受験勉強を考えての事らしい。
 生徒会役員の面々は校内の有名人であり、俺達一年の間でも既にファンクラブめいた団体が出来ている程だ。
 特に、書記の小野寺優先輩は他校の女子にも人気があるらしい。ただの高校生とは思いがたい堂々とした態度、同じ男の俺ですら感嘆するほどの容貌に因るところが大きいんだろうけど、何よりこの人は生まれ持った貫禄に見合うほどの高い能力を教師陣からも認められていた。ひょっとしたら今の生徒会長より強い権限を持っているかも、と思わせる。
 だからその小野寺先輩からの呼び出しを受けたとき、俺は彼の意図が判らず困惑した。

「来たな、天宮」
 呼び出されたのは、今は人気のない階段教室だった。普段は二年生以上の選択科目の授業や委員会の集まりなどで使用されている。
「何のご用でしょうか、小野寺先輩。俺に何か問題がありましたか?」
 入学早々、入試の首席合格者だからと言う理由で担任に指名されたため、俺は一年八組の学級委員を勤めていた。だから先輩は、僕の顔や委員としての仕事ぶりを知っている。
「いや、お前は優秀だ。惣谷一中での評判通りだな」
 小野寺先輩は俺の出身中学を言い、俺について調査か何かしたことをちらつかせた。
「では、何の――」
「優ちゃあーん、連れてきたよ♪」
 突然、この場の緊張にそぐわない声が俺達の会話を遮った。
「……郁美。もう少し静かにしろ」
「えー、イイじゃないこの教室広いんだから。酒谷君引っ張ってきたから許してよ」
 机の合間から降りてきたのは会計の山口先輩と、一年の教室前の廊下で見たことのある小柄な少年だった。
「……お前、八組の天宮南斗?」
「うん。君は?」
「僕は四組の酒谷統だよ」
 名前を聞いて俺はあぁ、と頷く。酒谷も成績優秀者の一人で、四組の中心的人物だと聞いたことがある。
「ひょっとしなくても、天宮もこの人達に拉致られたの?」
「俺は普通に呼び出しを受けたんだけど」
 俺の答えに酒谷は盛大な溜息をついた。拉致、と言う単語からして彼は相当強引に引っ張ってこられたらしい。
「では本題に入るが」
 小野寺先輩の声を聞いて、お互いを見ていた俺達は反射的に前を向いた。
「単刀直入に言う。お前達に次の生徒会役員選挙に立候補して欲しい」
「はぁ!?」
 声を上げたのは酒谷だ。
「現生徒会役員が何故、僕達一般生徒にそんな事言うんですか?」
「惣稜高校の生徒会役員はね、選挙は一応するけど殆ど世襲制みたいなものなの」
 つい先程までふざけたような態度だった山口先輩の視線が、不意に鋭くなった。
「前年度の書記と会計は次の選挙でそれぞれ会長と副会長に立候補。この時自分達の後継者にしたい生徒に声かけて、書記と会計の候補になって貰うの」
 あたし達も去年誘われたんだよねー、と山口先輩は小野寺先輩に話を振った。
「郁美の言うとおりだ。俺達は、天宮を俺の、酒谷を郁美の後継者として選んだ」
「はぁ……」
 何だか大袈裟な話ですね、と酒谷は気の抜けた声で呟く。その様子に俺は、酒谷はただ者じゃ無いな、という印象を受けた。三年の先輩達、会長ですら遠慮するあの小野寺先輩に対し、全然物怖じするところが無い。
「とにかく用件は話した。返事は明日、同じ時間にここで聞かせてくれ」
 小野寺先輩が解散を言い渡すと、山口先輩と酒谷は階段教室を出て行った。

 残ったのは俺と小野寺先輩だけだ。

「どうした、天宮」
「俺の、選考理由を教えてください」
 この時俺は、小野寺先輩という人を自分なりに見極めようとしていたのかも知れない。
 酒谷に触発されたんだと思う。
「お前が、笑顔で周囲を騙せる人間だからだ」
 一撃で仮面を見抜かれて、俺は先輩に対して感動すら覚えた。
「生徒会に限った話じゃないが、円滑な運営のためには能力と清廉潔白さの組み合わせでは上手くいかない、と言うのが俺の持論だからな。天宮だったら各委員の委員長や教師陣を余裕で取り込めるだろう」
 先輩は俺を理解した上で、期待までかけてくれている。友情関係とは若干違うけれど、この人となら上手くやっていける、そんな気がした。
「先輩の言うとおり書記に立候補したら、俺にメリットはありますか?」
「お前の被っている皮が豪華になるぐらいじゃ足りないか?」
「欲しいものがあるんですが、先輩のお力を借りた方が何事もスムーズに行きそうなので」
 俺の言葉を聞いて、先輩はさも可笑しそうに笑った。
「そうだ、それぐらい言えるような奴じゃないとな。良いだろう――天宮が書記に当選したら、俺は欲しいものとやらの入手を手伝ってやる」

 

prev/next/doublestars/polestarsシリーズ/目次

 小野寺と山口先輩、「polestars」から数えるとかなり久々の出番です。前作では南斗と小野寺の直接のからみが無かったことに今気付いた。