INTEGRAL INFINITY : doublestars

 俺と酒谷は翌日、先輩達の要請を受けて役員選挙に立候補することに同意した。
 勿論、これで役員となることが確定したわけじゃない。我こそはと思う他の生徒も立候補するわけで、当選は自分の力で勝ち取らなければならないのだ。
「もし落選したら、単に俺達の見る目が無かったと言うだけのことだ」
 小野寺先輩にそう言われては、全力で挑むしかない。

 俺が書記に立候補する事を報告すると、クラスメイト達はみんな喜んで応援すると言ってくれた。放課後や休み時間は立会演説会の原稿作成や応援演説の作戦会議で忙しかったけれど、その合間を縫って俺は再び職員室に幸崎先生を訪ねた。
「やあ、天宮君。選挙活動は頑張っている?」
「はい、やる事は演説の準備ぐらいですけど、クラスのみんなが協力してくれています」
 当選すると良いね、と先生は薄く微笑んだ。
「あれ、僕の立場でそういう事を言ったらまずいかな」
「それで先生、この前とは違うお願いがあって来たんですが」
 俺は幸崎先生に、もし自分が書記に当選したら天文部の顧問になって欲しい、と言った。
「君、天文部を創るつもりなのかい?」
「はい。小野寺先輩から立候補してくれと頼まれたとき、約束したんです――当選したら俺が欲しいものを手に入れるの、手伝ってもらうって。先輩だったら手続き関係や先生方との交渉、得意でしょうから」
「思ったよりしたたかなんだね、天宮君って」
「ギブアンドテイク、基本でしょう?」
「それで役員になってもかまわない、と言うほど星が好きなんだね、君は。幸い僕は新任でどこの部活の顧問でもないし、だったら断る理由は何も無いよ」
「――有難うございます!」

「天宮ぁ! 花、お前の名前のところに貼ってあったぞ!」
 先に掲示板に行っていた伊勢原が大声で俺を呼んだ。
「当選!? 凄いね、やったね!」
 土屋さんに半袖を引っ張られて身体が左に傾く。
 掲示を見ると、小野寺先輩も山口先輩も、そして酒谷も当選していた。来期の生徒会は恐らく、先輩が既に描いているであろう図面通りに動くんだろう。
 小柄な酒谷は人だかりの最前線で、四組の連中にもみくちゃにされていた。
「酒谷。おめでとう」
「――あんたもね。これからよろしく」
 差し出された手を、こちらから握る。
「天宮、誰か探してるの?」
 握手を交わしながらも俺の視線が泳いでいるのに、酒谷は気付いたらしい。
「ちょっと、ね」

 北斗は俺の周囲でただ一人、選挙活動中に「頑張れよ」と言う一言すらくれなかった。

「ただいま」
「おかえりなさい。南斗、選挙はどうだった?」
「当選したよ」
 母さんは良かった、と大袈裟に息を吐いた。どうやら俺が書記に当選すること前提で、寿司の出前を取ってしまったらしい。
「北斗は?」
「まだ帰っていないわよ」
 先輩達と祝賀会みたいなことをやってた俺より、高校でも何処にも所属していないはずの北斗の帰宅が遅いのは変だ。
 北斗より先に到着した寿司を先に食べてしまおうか、と母さんは提案したけれど、俺は仕事で遅い父さんは無理でも北斗は待ちたい、と首を横に振った。

 我が家の平均的な夕飯時よりかなり遅い時刻になってから、やっと北斗が帰ってきた。
「あ、何、今日って寿司なん?」
「ほ、北斗!?」
 母さんが頓狂な叫びをあげた。
 俺も暫く呆然としてしまい、多分物凄く間抜けな顔で北斗の頭を眺めるばかりだった。

 朝は確かに俺と同じで黒かった髪が、茶色くなっている。

「あ、あなたどうしたの、何したのその頭!」
「染めた」
「そんな、『染めた』だなんて、学校は!?」
「うちの校則、髪の色うるさくねぇよ。入学してすぐにもっと明るい色にしてたクラスメイトいるけど、先公何も言わねぇもん」
 母さんは北斗と俺を交互に眺めた。あいつに何か言いたくて、でも上手いこと言葉に出来ず俺に助けを求めているようにも取れる。
 先に母さんの意図を汲んだのは北斗のほうだった。
「前々から考えてたんだよ――俺、学校じゃ南斗に間違えられまくるから。選挙活動んときも男女学年問わず応援貰ったぜ、俺が」
 訂正すんのもめんどくせぇ、飽きた、と北斗が言うと、母さんは溜息を漏らし、それ以上は何も言わなくなった。

 微妙な雰囲気になってしまった夕食の後、二階に上がろうとする北斗を俺は捕まえた。
「……何?」
「耳」
 あぁ、と呟きながら北斗は染めたばかりの茶髪を掻き上げた。現れた左の耳たぶには、きらきらするストーンが一石だけ入った、シンプルなイヤーカフスが嵌っていた。
「よく気付いたね、お前」
「今日、買った?」
「帰りにな……って、何で人の顔じっと見てるん? 俺、変?」
「ううん、似合ってる」
 鏡を見つめる俺にとって髪の色はかなり大きな「誤差」で、身勝手なやりきれなさはあったけど、似合うと感じたのは本心だ。
「格好良いよ?」
 本当は可愛い、って言いたかったんだけど。
「――ばっ!!」
 思わず自分に出来る限りの甘い声と表情で言ってしまったせいか、北斗は瞬間的に顔を赤くして自分の部屋に入ってしまった。

 小野寺先輩は約束通り、即座に天文部設立に手を貸してくれた――同時に書類関係や根回しなど、俺に色々と教えてくれながら。
 新しい部活動を立ち上げる時、一番問題になるのは部員のことだ。惣稜高校では最低五人、必要となる。
「まず部長のお前、俺、郁美だな」
「え、先輩、部員にまでなってくれるんですか?」
「どうせ生徒会活動メインのつもりで俺も郁美も何処にも入っていないからな、名義貸しだ――酒谷! お前も部活はやっていないな?」
「え、僕ですか? はぁ、やってないですけど」
「ならお前も天文部に入れ」
 いいですよ、と酒谷は即答した。
「酒谷、気を遣ってくれてる……?」
「別に。僕も『すばる』って名前だから星好きだし。部員イコール生徒会役員なら、生徒会活動に一要素プラスされるぐらいの感覚」
 あと一人足りないぶんは、小野寺先輩が元会長に「名義貸し」を取り付けてくれた。顧問は前々からお願いしていた幸崎先生が引き受けてくれ、思っていたよりずっと早く天文部は学校に承認された。

「一つ、俺の我が儘と言うか、お願いがあるんですが」
 現生徒会役員と幸崎先生が初めて天文部メンバーとして集まった時、俺は切り出した。
「この部の存在は出来る限り公にしたくないんです」
「確かに、君たち目当ての入部希望者が殺到しそうだね」
 幸崎先生が苦笑した。確かにそれも大きな問題だが――。
「まぁ、兄に将来の夢を知られたくないからなんですけど」
 俺は思わず本当のことを喋ってしまった。しかし幸いなことに、この場では誰からの追求も受けずに済んだ。

 

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 北斗、とうとう茶髪とイヤーカフスという「polestars」時の姿になりました。選挙の結果発表に合わせて、というのは半ば嫌がらせですが南斗に褒められて動揺。