菱井から提出された書類には「イケメン☆喫茶」と書かれていた。企画内容を見ると、要するに接客は全て男子が行う喫茶店のようだ。
北斗はウェイターをやるんだろうか? もしそう決まったら、どんなに当日忙しくても時間を作って行かないとな。
文化祭の喫茶店なら、いっそ北斗の女装とかコスプレとか見たかったような気もするけど――あぁ、凄くいいかもしれない。本気で見たいなら俺自身が着て鏡の前に立つのが一番手っ取り早いけれど、見つかったらもれなく変態認定だ。見つからなくても実行に移した段階で同じなのか。
「天宮? 何ぼーっとしてんの? 出来てるならさっさとコピー原本渡してよ」
酒谷に声を掛けられ、俺はやっと危険な思考回路から正気に戻った。
俺は生徒会「書記」なので、事前に黒板に議題を書いておくのも俺の仕事に含まれる。
まだ委員会開始まで時間があるためか、階段教室にいるのは俺と酒谷と小野寺先輩だけだ。山口先輩が遅れるのはいつものことだけど。
幸崎先生は、やはり新任で勝手が分からないだろうから、と言う理由で、今年の文化祭の監督役は降りるようベテラン教師陣から圧力をかけられてしまった。元々うちの学校の行事は基本的に生徒主体で運営されるから、小野寺先輩にとっては教師どうしの勢力争いはどうでも良いのかも知れない。幸崎先生はほっとしたよ、って言っていたけれど、俺としては先生を変に振り回してしまっているわけで、凄く申し訳ない。
「南斗」
突然背後から声がして、俺は慌てて振り返った。
「北斗、何でここに?」
メールデリバリーサービス、って言いながら、北斗は俺の制服のポケットにピンク色の封筒をねじ込んだ――また、誰かが俺と北斗の下駄箱を間違えて手紙を入れてしまったんだろう。
二学期になってからこういう手紙が増えた。告白の言葉の他に、「天宮君と後夜祭のフォークダンスを踊ってみたいです」と可愛らしい事が書いてあるものもある。
好きな子と後夜祭でフォークダンス、なんていかにも甘酸っぱい青春のイベントだ。けれど俺と北斗は両方とも男だし、そもそもあいつが承諾してくれる可能性は殆ど無い。夢を実現させるにはあまりにもハードルが高すぎる――なんて、今考えている場合じゃ無いな。
「あれぇ? 天宮君が二人いる」
北斗にお礼を言った、そのタイミングで山口先輩が俺達に声を掛けてきた。
「山口先輩」
「ひょっとして例のお兄さん?」
「天宮北斗です」
先輩は好奇心全開、って感じで北斗の頭のてっぺんからつま先までじろじろと眺めている。
「ふーん、似てる似てる、顔そっくりぃ。北斗君、委員会出席者?」
実行委員が学校を欠席した場合は必ず代理者を立てる事になっているので、北斗もそうだと先輩は思ったようだ。
「いえ、俺南斗に野暮用があっただけなんで。もう帰ります」
「そんなぁ、つっまんないのー」
山口先輩は未だちょっかいをかけたがっているけど、北斗の方は先輩のテンションに対して明らかに引いている。
ここは俺が助け船を出さないと。
「先輩あの、北斗困ってますから。それにもうすぐ他の実行委員来ますよ」
「えぇー、仕方ないなぁ、天宮君がそう言うんならぁ」
「じゃ、部外者なんで失礼します」
北斗は立ち去る際、俺の目を見た。助かった、って言っているみたいだ。うわ、嬉しい。
あいつが階段教室を去った後、菱井を見ると彼は携帯でメールを打っていた。多分、北斗宛なんだろう。
全体での会議が終わると、各チームごとの話し合いが行われる。イベントチームは小野寺先輩の牽引で比較的スムーズに進んだけど、山口先輩のパンフレットチームは終了予定を過ぎても話がまとまらなくて、時間延長することになったらしい。
先に帰っても良くなった俺が階段教室を出て行こうとした時、菱井の嘆きが聞こえた。
「うわー、北斗には六時に終わるって言ったのに」
やはり彼は北斗と一緒に帰る約束をしていたらしい。
「菱井君。俺が、君は帰れないって北斗に伝えておこうか?」
「へ?」
「じゃあね、頑張ってね」
俺は菱井の返事を待たずに立ち去った。どのみち断らせるつもりは無いけれど。
北斗と一緒に帰れる。
家は同じなのにそんな当たり前のことも滅多に出来ないから、思わず頬が弛む。 あいつは今も部活や委員会をやっていないから、居るとしたら一年一組のはずだ。
教室の扉を開けると、思った通り北斗は自分の席に座っていた。
「菱井?」
「菱井君のいるパンフレットチームは、まだ話し合い中だよ」
「……南斗かよ。珍しいな」
俺の顔を見た北斗は明らかに失望の表情をした。ちょっと悲しいけれど、北斗は菱井を待っていたのだから当然の反応と言える。
「何か用?」
「それはさっき菱井君の事伝えたから、終わった」
俺は北斗の前の席に、後ろ向きに座った。俺の視線を感じて居心地が悪いのか、北斗はちょっと不機嫌そうな声で、なんだよ、と言う。
「北斗と学校で顔合わせるのって、凄く久しぶりだなぁって思って」
「クラス違うんだし、双子だからってずっとつるんでる必然性無いだろ」
「まぁ、北斗はそう思ってるだろうけど」
クラスが違っても、昔は時間さえあればずっと一緒にいたじゃないか――そんな言葉を心で飲み込む。
「そろそろ帰ろう」
「え、けど」
「だから先に帰っても良いって、菱井君が」
北斗は溜息をついて立ち上がった。かと思うと、目が笑っている。
「北斗、何か楽しそうだけど?」
「ちょっと菱井への復讐計画考えてる」
「本人のせいじゃないんだし、可哀想じゃない?」
二割ぐらいは俺のせいだし。でも正直、悪いとは全く感じてないけど。
「双子の兄弟」としてで十分だから、いつかは一緒に下校することが当たり前のことに戻れば良いのに、と俺は思った。
prev/next/doublestars/polestarsシリーズ/目次