各イベントのタイムスケジュール調整、打ち合わせ、交流がある他校生徒会役員との会合、会場設置――毎日が目まぐるしいほど忙しくて、気がついたらもう文化祭当日を迎えていた。
「もう文化祭か。何だか実感湧かないな」
そんな独り言を呟けば、最近急に遠慮が無くなってきた酒谷に叱咤される。
「しっかりしてよ、天宮。お互い一日中走り回ってなきゃなんないんだからさ」
「自由時間、殆ど無さそうだね」
「今更何言ってるんだよ。ま、諦めて二年後にたっぷり返して貰えばいいよ」
酒谷は暗に、来年こそが俺達二人の正念場なのだと言っている。次回には小野寺先輩はおらず、生徒側が受け持つ責任を俺達が引き受けなければならない。それが出来ると見込まれて選ばれたのだから。
「文化祭で何もしなくて良いのは俺達だけじゃなくて、三年は全員そうなんじゃないかな」
「そう考えると、ひょっとして僕達損してる?」
『――これより、第二十三回惣稜祭を開催致します。皆さん楽しんで頑張りましょう』
「あ、始まった」
「任務開始だね、酒谷」
開始直後から色々とばたばたし通しだったとは言え、クイズ大会が終了した直後の午後二時過ぎに少し暇が出来た。
普通なら自分のクラスの模擬店が気になるところだけど、俺が向かったのは一年一組の教室だ。
俺の期待通り、北斗はウェイターの役に就いている。出し物の名前を母さんに笑われたせいか、自分で作らなければならないと言う衣装を事前に見せて貰えなかったのは残念だ。
一組の教室前には男子が一人呼び込みで立っていた。
「え、書記の天宮……?」
彼は俺を見て首を捻った。俺がどうして一組に来たんだろう、なんて考えているんだろうか。
「北斗、いる?」
「あっ、そう言うことか。でも天宮なら今日のシフト終わってるよ」
「それ、いつだった?」
「あいつは朝イチだったから、昼には抜けたはず」
俺は内心、酷く落胆した。明日のシフトはちゃんと本人に確認しよう。
「なぁ、時間、ある?」
呼び込みの彼の期待に満ちた眼差しは、つまりそう言うことなんだろう。
「折角だから何か飲んでいくよ」
「よっしゃ! 一名様ごあんなーい!」
俺が案内されたのは教室の真ん中の席だった。そのせいか、ウェイター役の生徒からも視線を感じる。
「すげ、やっぱ同じ顔だ」
「背筋まっすぐな『天宮』なんて初めて見た」
――なんて会話も聞こえてくる。普段は北斗が俺と同じ顔、と言われることが多いので、少し不思議な気分だ。
入学式当日に早速クラスで揉め事を起こしたという北斗だけれど、彼らの話から受ける印象では、問題は深刻な状態にまでは発展せず、あいつはちゃんとクラスの一員として認められているようだった。
中学時代の北斗は、一度衝突した相手と和解することは無かった。もしかしたら、この現状は菱井が影響しているのかも知れない。
腕時計を確認すると、そろそろ体育館に向かわなければならない時刻だ。複雑な思いに浸る暇は無さそうだった。
初日のイベントは全て、何とか無事に執り行うことが出来た。
その後に翌日のメインイベントであるミスコンの準備があったため、学校を出た時間は一般生徒より遅くなった。けれど、家に帰ってきたのは俺より北斗の方が後だった。
「北斗、今まで一体何をしてたの?」
「クラスの連中と遊んで、メシ食ってきた」
北斗の分の夕食も用意していた母さんは、かなり気分を害したようだ。慌てて俺がフォローに入る。
「母さん。イベントの時ぐらい良いんじゃない? 俺も明日は遅いよ」
「南斗はちゃんと事前に言ってくれるから良いのよ。北斗、今度からちゃんと連絡しなさいよ?」
「へーい……俺も、明日も多分遅いから」
北斗は母さんの怒声から逃げるようにリビングを出た。部屋に入られてしまうと会話しづらいので、俺も後を追う。
「でも珍しいわね、北斗が」
そんな母さんの呟きが、幽かに耳に届いた。
北斗が自分の部屋のドアノブを握ったところで、声を掛けた。
「北斗、今日一組に行ったんだけど、入れ違いだった」
「そうだ、橘から聞いたんだった」
橘、って呼び込みの彼のことだろうか。
「何で?」
兄弟だから普通じゃない、と言うと北斗に不思議そうな顔をされた。北斗の方には多分、俺のクラスだから八組のたこ焼き屋に行ってみる、って発想は無いんだろうな。解ってはいても、やっぱり悲しい。
「俺、北斗のウェイター姿見たかったんだけど。明日のシフトはいつ?」
「俺は2時から4時まで」
――最悪だ。よりによってミスコンの開催時間とぴったり重なっている。
「あ、その時間帯は体育館でイベント運営だった。残念」
自分が参加者としてエントリーしてしまい、司会とイベント調整補佐を纏めて押しつけてくれた山口先輩を心底憎い、と初めて思ってしまった訳だけれど、北斗に気付かれて良いことでもないので、出来るだけさりげなく聞こえるよう、わざと軽く流した。
「そだよ、俺だって見たかったよミスコン。っつか、見てぇなら後でエプロンと蝶ネクタイ貸すぜ?」
心の中を読まれたのか、なんて思ってしまった。
「やだよ、いくら同じ顔でも、鏡だったらナルシストっぽい」
ごめんなさい、本当は毎日のように自分の顔をお前と思って眺めています。
ウェイター姿どころか、一度は女装コスプレさえ考えました。
何とも言い難い罪悪感といたたまれ無さに、続ける言葉の無くなった俺を見て、北斗はにやりと笑った。
あれ。今日の北斗、凄く機嫌が良い?
俺と会話する時はいつも何処か面倒くさそうなのに、今は俺の目をちゃんと見て話してくれている。
初めての文化祭と言うことで、北斗の気分は昂揚しているのかも知れない。恐らく一過性のものなんだろうけど、今のうちに幸せを出来るだけ吸収しておこう。
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