惣稜祭二日目の午前、時間が空いた俺は天文部の展示をしている教室に寄った。幸崎先生は結局、文化祭の間はここの店番状態になってしまっている。
天文部の件がきっかけで、教師間のいざこざに先生が巻き込まれてしまったことを謝罪しても、先生は俺が気にする必要は無い、と微笑んだ。若い幸崎先生を軽んじる教師ばかりではなく、化学の荻野先生のように親身になってくれる人もいるらしい。
俺はせめてもの感謝の気持ちとして、差し入れにうちのクラスのたこ焼きを持参していた。昨日は酒谷が同じように四組の水餃子を持ってきたらしい。
「――それで今朝も、北斗は俺と一緒に登校してくれたんです」
たこ焼きを食べながら俺はいつものように北斗について話した。特に昨日今日は、北斗が昔みたいにごく普通の兄弟として接してくれるという嬉しい事があったので、自然と声も弾む。
だから俺は気付けなかった――この時、幸崎先生が浮かべていた表情に。
<<開票結果を発表します――厳正なる集計の結果、ミス惣稜は二年二組・山口郁美さんに決定致しました!≫
結果を読み上げた瞬間、体育館内が沸く。耳にしていた下馬評通りの結果とは言え、読み上げるこちらとしては複雑な気分だ。それでも、小野寺先輩にビーズクラウンの紐を結わえて貰う山口先輩、という構図は俺の目から見ても非常に絵になった。
これで、残る大イベントは後夜祭だけだ。
「ねぇねぇ天宮君ー」
舞台から降りてきた山口先輩が声を掛けてきた。
「後夜祭、フォークダンスの時にちょっとヒマあるんでしょ? 天宮君は誰かと踊るのー?」
「いえ、俺はそのつもりありませんよ」
「かわいそー、狙ってる女の子達多いのに。あっ、あたしは違うからね?」
「心配しなくても大丈夫です最初から考えてませんから」
ひどいよ天宮君、と山口先輩は頬を膨らませるので、どうせ小野寺先輩と参加するんでしょう、と付け加えた。
「――ねぇ、天宮君も駄目モトで声かけてみたら?」
「え?」
「待ってるかもよ、天宮君の好きな子も」
俺が我に返った時、先輩は既にその場から立ち去っていた。
「会長ー! 一分だけで良いから私と踊って!」
「天宮君、フォークダンス参加しない!?」
……うちの学校って積極的な女子が意外と多いんだな。
元々フォークダンスには加わらないつもりだったけれど、未だ仕事が残っているから等と適当な理由を付けて誘いを全て断った。
隣の小野寺先輩も、そうだ。ただし先輩は、北斗を手に入れられないから他の誰かと付き合う――ひいてはダンスも不参加、と言う考えの俺とは恐らく理由が真逆なのだろう。
小野寺先輩は一年の時から何人かの女子と付き合っているけれど、どの人とも長続きはしていない。俺も、生徒会に入ってから生徒会室に押しかけてきた女生徒を二人ぐらい目撃している。
それが、二学期に入ってから先輩の女性関係の噂が途絶えた。正確には誰それが先輩の彼女だ、と言う確定情報が、だけど。生徒達の間では、小野寺先輩に本気の本命が出来て大事にしたいから相手の情報を出さないんだろう、と囁かれている。それが誰なのか探ってこい、だなんて俺も酒谷も時々頼まれるけど、そんなこと先輩に訊ける訳がない。
俺の周囲では、相手は山口先輩じゃないだろうか、と言う説が最も有力だ。いとこ同士という事実はあまり知られていないけれど、それを差し引いても二人は一年の時からのパートナーだし、癖の強い(と言うことにしておこう)山口先輩と小野寺先輩は、あれでぴったりと息が合っている。
色っぽさには、ちょっとどころじゃないぐらい欠ける気がするけど。
「天宮」
「はい?」
「何か考えていたのか? ――まぁ、良い。閉会十分前まで自由時間だ」
とりあえず人目から遠ざかりたくて、俺はグラウンド端の石段に向かった。
その中段辺りに、殆ど寝たような体勢でひとり座っている生徒がいる。
北斗だ。
偶然の幸運に、胸を密かに高鳴らせながらそっと側に忍び寄る。
「――南斗」
「北斗、今ひとり? 菱井君は?」
「あいつ、山口副会長に無理矢理引っ張られて踊ってるよ」
……驚いた。あの菱井と山口先輩とは物凄い組み合わせだ。
もっとも、文化祭実行委員では二人ともパンフレットチームだったし、先輩は菱井のことを「ヒッシー」と渾名で呼ぶぐらいは気に入っていたようだったけど。
「お前こそ仕事は?」
「今は一段落ついたところ。後夜祭の終わりまでは休憩時間だよ」
俺が北斗と同じ姿勢で隣に座る。北斗が晴れて良かったな、と言うから、俺もそうだね、と応える。
「お前は踊んなくていいの?」
「北斗こそ」
「俺は興味ねぇし、それに誘ってくれる子もいねぇよ」
北斗の言葉に俺は安心する。「親友」という存在が出来ても、「恋人」や「気になる子」はいないんだ。
「お前には大勢いるだろ? さっき見たぞ」
「あぁ……俺は、山口先輩みたいにその場のノリと気分でパートナー選べないよ」
『待ってるかもよ、天宮君の好きな子も』
「――俺、踊るなら本当に好きな子とがいい」
その人は今、俺の隣に寝そべっているから。
「でも、絶対に無理だから」
数秒の間が、空いた。
「お前、ホントに本命いたんだ……?」
心拍の速度が急激に上がる。
北斗に気付かれた――!?
「え、俺、そういう風に取れる言い方した?」
「さっきのは絶対、片想いしてる奴の言い方だった」
「――しまった、気をつけてたのに」
好きな人がいる事自体、絶対に知られたくなかった。
俺は努めて冷静に振る舞おうとしたけれど、心の中は自分の気持ちを初めて自覚した時のように乱れきっている。
「で、誰? お前の好きな子って」
「内緒」
「いいじゃん。教えろよ」
「絶対、嫌だ」
「何でだよ、振った相手の事は全部言う癖に」
言えるわけがない!
だってお前なんだ、お前のことしか見えないんだ。
「告白する気はあんの?」
「無いよ」
「何で? お前もてるじゃん」
「言っただろ、絶対に無理なんだし。告白どころか……知られたら、想うことすら許されなくなる」
疎まれていても、否定されない限りはずっと好きでいられるから。
「壊してしまうぐらいなら、今のままでずっといたいんだ」
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