俺達はただ夜空を見ていた。
俺は何も言わない。北斗ももう何も訊かない。
鼓動で破裂するかと思った俺の心もだいぶ落ち着きを取り戻してきた。北斗にばれたのは「好きな子がいる」ということだけだ。それが自分自身だなんて北斗は予想だにしていないだろう。
北斗はどう感じただろう。かつて俺が小泉さんの事を北斗の口から聞いた時の百分の一でも複雑に思ってくれただろうか。
携帯の時計を確認すると、小野寺先輩に言われた時間が近づいていた。
「こんな時間だ……もう、閉会の準備始めないと」
俺に釣られて北斗も立ち上がったので先を譲る。
北斗は石段を下りきる前に立ち止まった。
「奈良さん?」
グラウンドの、俺達が降りようとした位置に立っていた女子生徒が、びくり、と肩を震わせた。
「あ、あの」
彼女――奈良さんは怯えた瞳で俺と北斗を交互に見る。前に呼び出された際、彼女を脅しすぎたようだ。あの時のような慌て方で、北斗に余計なことを言わなければ良いけど。
「そうそう。俺、四組の水餃子食ったよ」
北斗は俺たちの間に在る不穏な空気に気づいたのか、殊更明るい声で奈良さんに話しかけた。
「どうだった? 餃子づくり班、事前に特訓したんだけど」
彼女の方も、あからさまにほっとした様子で北斗の話に乗る。
「最高。俺二杯食ったよ」
「良かった!」
何でだろう。
奈良さんは前に北斗が不快になるような真似をした筈なのに、どうして二人は楽しそうに会話が出来ているんだろう。
苛立った俺は会話に口を挟んだ。
「――俺の言った事、ちゃんと実行してくれたんだね」
「う、うん」
奈良さんの表情が再び強張る――そして彼女の変化を見た北斗は、俺の予想だにしていなかった行動に出た。
「奈良さん今ヒマ?」
「ええと、終わるまで友達を待ってるんだけど」
「じゃあこれから踊りに行かねぇ?」
「え、えっ」
北斗は奈良さんの手を引き、フォークダンスの参加者の輪に向かって走り出したのだ。俺には目もくれず、別れの言葉も無しに。あいつが俺ではなく奈良さんの味方についたのは明白だった。
「仕事、行かないと……」
どうしようもない、ぐちゃぐちゃな気持ちのままで俺は、小野寺先輩に指定された場所に向かうしかなかった。
「――お疲れ様。立ち上げから今日までよく頑張ったね」
幸崎先生はなかなかグラウンドから立ち去れそうになかった俺をすぐに見つけてくれた。
「幸崎先生。良かった」
今の俺の気分で、知らない生徒達から話しかけられるのは苦痛だ。だから、嬉しかった。その感情の機微を読み取ったらしい、先生はどうしたんだい、と訊いてきた。
「すいません。もう遅い時間だけど、話を聞いてくれますか?」
これだけで幸崎先生には北斗がらみであることが判るだろう。先生はラーメン屋じゃ無理かな、と申し訳なさそうに言った。
文化祭が終われば、二学期の中間試験が目前に迫る。
この期間は生徒会活動も下火になるので、俺も自宅で勉強する時間が増えていた。
その時も俺は数Tの試験範囲をさらい直していて、部屋のドアがノックされている事に暫く気付かなかった。
「南斗、南斗。そこにいんの?」
「あ、ごめん北斗。入って良いよ」
北斗は俺の部屋に入るなり、机の上に広げていたノートや教科書を見てうげ、と声を上げた。
「あのさぁ、今の時期から部活入んのってどうすりゃ良いかお前知ってる?」
「――中途入部の方法? 北斗、部活やるの? どこの部?」
驚いた。北斗が突然そんな事を言い出すなんて。小学校高学年の頃は何れかのクラブに入ることが義務だったけれど、中学に上がって以降、北斗が部活動に興味を示すことなんて一度もなかったのに。
いったいどこに入るつもりなんだろう。俺としては凄く気になるのに、幾ら訊いても北斗は頑として言おうとしなかった。
仕方なく、俺は北斗に通常の入部届を顧問に出せば良いと説明した。
「フォーマットは確か生徒会のパソコンにも入れてたかな。今度打ち出しておくけど、タイミング悪いんじゃない?」
「何で?」
「そろそろ中間じゃないか。北斗は試験勉強してる?」
俺の言葉に北斗は目を剥いた。どうやら完全に失念していたらしい。
「今の時期に部活始めて熱中して、成績下がったら母さんうるさいんじゃないの?」
「わかったよ、出すのは中間の後にするよ。でも紙は忘れる前にくれよな」
「オーケー」
他ならぬ北斗の頼みだ、笑顔で請け負う。
――明日、あいつに確認を取らないといけないな。
「ねぇ、訊きたいことがあるんだけど」
時限休み、俺は擦れ違いざまに菱井を呼び止めた。
「え、俺に何か用なの?」
菱井はあからさまに渋い表情になった。文化祭準備期間の間、俺はどうしてもこいつに対する敵意を押さえきることが出来ず、そのせいで警戒されているのだろう。
「菱井君って何か部活をやっていたっけ?」
「いや、俺バリバリの帰宅部だけど」
「何だ、じゃあ北斗は菱井君に付き合って入部するわけじゃ無いんだ」
「え。北斗がどっかの部に入んの?」
驚いたところを見ると、菱井も北斗が部活を始めようとしていることを知らなかったらしい。意外だがその事を嬉しい、と思う自分自身がいる。
「一体何部? ……っと、あんたが知ってたら俺に訊いてくるはずねーか」
「時間を取らせてごめん。じゃあ、これで」
有益な情報を得られない事が判った俺は自分のクラスに戻ろうとした。
「そうだ、天宮南斗!」
しかし、今度は逆に菱井に引き留められる。
「心配しねーでも、俺、北斗にゃ何も言わねーどくから」
今、こいつは何て言った?
「あいつ鈍いから気づいてねーけど、あんたってすげーわかりやすぎるから」
菱井はそれだけ言うと俺に背を向け手を振りながら、呆然と立ちつくす俺を置き去りにして立ち去った。
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