自宅以外での、思わぬ二人きりの時間だった。
昔見た学生カップルの二人乗りを思い出す。このまま真っ直ぐ帰宅するのが惜しまれた。
「北斗、寄り道しよう」
「はぁ? お前、さっさと帰りたかったんじゃねぇの?」
「気が変わった!」
急いていたためか、進行方向を反転させるのに勢いが付きすぎて北斗の顔が俺の背骨を直撃した。
「痛ぇ……どこ行くつもりなんだ?」
「鯛焼き屋」
子供の頃、よく母さんがおやつを買ってきてくれた店だった。小遣いが貰えるようになると二人だけで買い食いもした。
「急に食べたくなったんだ」
自転車を留めて北斗を降ろすとき、俺は照れ笑いを押さえることが出来なかった。つい、奢らないよと言って誤魔化してしまう。北斗は貧乏人め、と口を尖らせたけれど、本気では無い事はすぐに判った。
店頭でこしあんとどっちにするか五秒だけ悩んで、俺は粒あんの鯛焼きを注文した。その後に北斗が続く。
「俺、ウィンナーチーズ」
――正直、耳を疑った。よりによって、数あるメニューの中でも一、二を争うゲテモノを北斗が注文するだなんて。
しかし俺が聴いたのが幻聴では無かった証拠に、北斗はウィンナーチーズの鯛焼きを受け取り、「やりぃ、焼きたて」と言いながら嬉しそうな顔で俺が待っているところまでやって来た。
俺がいただきます、と言う横で、北斗はもう鯛焼きを頭の側から囓っていた。
皮だけ食いちぎり、剥き出しになったチーズの絡むウィンナーを咥え込む。
「あふっ」
「よくそんなの食べるね……」
つい、北斗に向かってそんな事を言ってしまう。
「そうか? 結構イケるぜ」
「だってそれ、全然鯛焼きっぽくないじゃないか。前からこんなの食べる人いるのか、って思ってたけど」
そもそも俺は、こういった鯛焼き・今川焼き系の皮の中身はあんこ系統以外受け付けない。和菓子なら和菓子らしくあって欲しいのだ。
クリームなら、まだ和では無いが菓子ではある。しかしウィンナーチーズや「お好み焼き風」に至っては菓子からも程遠い存在だ。その二つが北斗の好きな鯛焼きだと言う。
つい、ウィンナーを囓る北斗を見る目つきが険しくなってしまった。
「北斗がその鯛焼きを初めて食べたのっていつ?」
遠い記憶では、俺達は母さんが買ってきた鯛焼きの粒あんとこしあんどちらを取るのか争っていたはずだ。
「んー、中二になってすぐぐらい?」
それは小泉さんの事件が――俺が北斗に対する想いを自覚してまもなくの頃だ。
「――俺、そんなことも知らなかったんだね」
北斗の咀嚼が止まったのが判った。
「母さんの手料理以外の何が北斗の好物なのか、家に帰る前は何して遊んでるのか、俺の認識って小学生ぐらいの情報で止まってる」
好きになったのに、恋をしてしまったのに、その瞬間から相手の事が解らなくなってしまったなんて。
何て滑稽な、皮肉だろう。
北斗が自分も同じだ、と小声で呟いた。
けれど、同じのはずがない。俺と北斗は違う。
「北斗。俺達って兄弟だよね?」
「何当たり前の事言ってんだよ……」
北斗は困惑しながらも、即答した。それが全ての答えだ。
俺達の兄弟としての関係は好転しかけている。今は、いやこれからも、それを大切にしていかなければならないんだ。
俺達は鯛焼きを食べ終わるまで無言だった。
その後、俺は鯛焼きを包んでいた紙を北斗から受け取り、店の前に置かれているゴミ箱にそれを捨てに行った。
「天宮君?」
ゴミから手を離した瞬間、よく知った声が背後からした。振り返ると、大木や土屋さん達がそこに居た。
「あれっ、ほんとだ。天宮じゃん。何で私服なん?」
「一旦家に帰ったからだよ。大木達こそ、こんな時間まで制服で何してたんだよ」
「中間終わったから、鬱憤晴らしって事で遊んでたんだよ。あ、一応健全な範囲で!」
そう言えば、今日の試験が終わったとき俺も声を掛けられたけど、幸崎先生と話したかったから断ったのだ。
「ひょっとして鯛焼き食べてた? 意外〜」
「言えてる。何か天宮のキャラじゃないって言うか」
「酷いな、昔から大好物だよ?」
「えー? 天宮君はどっちかって言うとジェラートとかの方が似合いそう」
どうやら俺の仮面は、他人からそんなイメージを持たれているらしい。実際は、洋食系より和食系の方が好きなのだけれど。
「天宮、これからどうすんの?」
「あたし達はまたどっか入ろうかなー、って思ってるけど、来る?」
「いや、帰るよ。北斗がいるし」
「へっ?」
大木達が一斉に後ろを向く。視線を向けられた北斗が軽く頭を下げた。ちょっと嫌な予感がして俺は北斗に声を掛けた。
「北斗、乗れよ」
「いいよ、ちょっと歩く」
北斗は表情を無くした顔で、俺から身体の向きごと視線を外した。
俺は皆に慌ただしく別れを告げ、北斗の後を追った。すぐに行動に出たから、簡単に追いつく。
「――何で先に行っちゃうかな」
「学校の奴の前でお前と二ケツしてるとこなんて見られたくねぇよ」
「もう、いないから大丈夫」
俺が後ろ手で荷台を軽く叩くと、北斗は思ったより素直にそこに座った。今度は北斗が顔をぶつけないよう、慎重にペダルを漕ぎ始めた。既に周囲は暗いため、早く帰宅するためスピードを上げる。
「お前、ジェラートが似合うって言われてたな」
「何、急に。さっきの聞いてたのか?」
「そう思われてそうだ、ってのは知ってたよ……ずっと」
北斗が見ているのも、仮面を被った俺だ。改めて言われると寂しすぎて、俺は話題の転換を図った。
「休み明けたら入部届出すんだろ? もし、試合とか出るようになったら応援行くよ」
どんな部活でも、この時期から始めるのであればレギュラー入り出来るようになるまでかなりかかるだろう。でも、練習だけでも見られれば良い。スポーツに打ち込む北斗の姿はとても魅力的に違いない。
「俺、どの部に入るか言ってねーじゃん」
しかし北斗の返事は、暗に体育系の部活では無いと言っているようなものだった。北斗は今まで文化系の趣味を持ったことが無い、と言う認識だったから、俺には意外だった。
「演奏会や発表会? 展覧会? 何であれ、行くから構わない」
「一年はかかるぞ」
その時には北斗の一番のファンとして、花束なんか差し入れてみるのも良いかもしれない、と俺は思った。
prev/next/doublestars/polestarsシリーズ/目次