INTEGRAL INFINITY : doublestars

「南斗君、もう深夜だ。君は帰りなさい」
「先生、でも北斗が」
「君だって、北斗君と同じでこんな時間に出歩くべきじゃないんだよ」
 先生は強い口調で俺を諭すと、家まで送ると言った。
「ひょっとしたら北斗君も、今頃家に向かっているかもしれない。家で待っていてあげるのも君に出来る、いや君にしか出来ない事なんだからね」
 そして先生は言葉通り、自転車を押して歩く俺について、家の近くまで送っていった。歩いている間は互いにずっと無言だった。
 先生との別れ際、俺は初めて夜空が澄み渡っていることに気付いた。
「っ……」
 思わず涙腺の緩んだ俺を、先生は大丈夫だから、と励ます。
「北斗君はこのまま黙って居なくなる子じゃない。彼の目標は三ヵ年皆勤らしいからね」

 その夜は眠るなんて到底出来なかった。
 両親が心配する中、俺は一人リビングで北斗の帰りを待ち続けた。何度かメールを送ったけれど、返信は一切無かった。
「南斗――まさか、昨日は寝なかったの?」
 起きてきた母親に声を掛けられ、初めて夜が明けていたことに気付く。
「結局あの子は帰ってこなかったのね……」
「俺、学校行くから……昇降口なら北斗を捕まえられるかもしれないし」
 もう、縋るものは幸崎先生の言葉しか無い。朝ご飯どうするの、と母さんは尋ねたけれど、まともな食欲は湧きそうも無い。俺は「いらない」とだけ告げ、二階に行って学校に行く支度をした。
 制服に着替えた後、心の中で謝ってから北斗の部屋に入る。もしあいつが学校に来たとしても、鞄が無ければ困るだろう。高校に入ってから教科書の殆どはロッカーに置いているらしいから、とりあえずそのまま持ち出した。
「じゃあ、行ってくる」
 心配そうな顔で俺を見送る母さんに、俺が先生から言われたように「大丈夫だから」と告げた。俺自身にも、もう一度言い聞かせるために。

 学校に着いたのは、北斗がいつも登校する時間から三十分以上も前。念のために北斗の下駄箱を調べたところ、中には未だ上履きが入っていた。
 北斗にメールを打ちながら待っていると、やがて登校してきた生徒が昇降口に入って来始めた。皆、八組の俺が何故一組の下駄箱の前に立っているのか、と噂しているようだったが、俺の思い詰めた雰囲気を察してか、殆ど声を掛けられることは無かった。話しかけられても返事なんてまともに出来なかったけど。
「天宮、天宮!」
「あ、酒谷……」
「お前、何してるの?」
 ひょっとして兄関係か、と酒谷に訊かれた。酒谷は昨日の俺を知っているから、頷いて肯定する。
「昨日北斗と喧嘩して――謝ろうと思って、ここで待ってるんだ。鞄、渡さないと」
 酒谷はふーん、とだけ呟き、それ以上追求しようとはしなかった。
「ホームルームには遅れないようにしなよ」
「うん」
 四組の教室へと去っていった酒谷とほぼ入れ違いで、菱井が登校してきた。
 どうして昨日、俺はあっさりと引き下がってしまったんだろう。北斗が親友と言い切った相手だ。何も知らないなんて事、ある筈がない。
「おはよう、菱井君」
「こんなとこで何やってんの、天宮南斗」
「……君なら解っているんじゃないのか」
「そうだ、昨日ごめんなー、可奈から電話あったって聞いたよ」
 北斗は結局何処いたの、と言う菱井は平然としている。本当に何も知らないのか、知っていてとぼけているのか、彼の表情からは読み取れなかった。もし後者なら、こいつは俺よりも演技が上手だ。
「あれ、あんた北斗の鞄持ってんの? じゃああいつ帰ってこなかったのか。俺同じクラスだし持ってってやろうか」
「いいよ、自分で渡すから」
「けどさー、そろそろ予鈴鳴るよ。そしたらうちのクラス寄れないだろ? 生徒会役員が堂々と遅刻なんてまずいんじゃねーの?」
 菱井はそう言うと俺から北斗の鞄をひったくろうとした。
「なっ……、やめろ!」
「俺は教室行くけど、天宮南斗はギリギリまで北斗待つの?」
「当たり前だろう!」
「北斗も遅刻しねーと良いけど。じゃな」
 彼を更に追求するかどうか一瞬迷う。その隙に菱井は昇降口を立ち去った。
 俺が残れる最後の一瞬まで、北斗が姿を現すことはなかった。

「天宮? あいつ予鈴鳴ったらまた速攻で出てったよ」
 今日聞くのは何度目になるのか判らない台詞を、前とは違う一組の生徒から言われる。俺は仕方なく相手に礼を言い一組を離れた。
 休み時間に入るたびに俺は一組を訪れているが、学校には来ているという北斗とは昼休みの今になっても一度も顔を合わせることが出来ないでいる。ホームルーム終了直後に持参した北斗の鞄も、結局菱井にとられてしまい直接渡すことが出来なかった。
 せめて俺が二組か三組なら北斗が教室を出て行くところを捕まえられるかもしれない。しかし一組と八組の教室の位置は対極で、更に悪い事に一組の前には階段がある。
 でも、今は昼休みだ。次の授業の教室移動までに、北斗が行きそうな場所を探して回る時間は十二分にある。
「天宮。昼飯は?」
 四組から出てきた酒谷が俺を見付けて駆け寄ってきた。
「いや……」
「お前、未だ兄を捕まえられてないの?」
 もう噂になっているよ、と言いながら酒谷は眼鏡のフレームを押し上げる。
「ちゃんと食べないと午後保たないよ。それは逃げてる兄の方も同じ。学食や購買に居るかもしれないだろ?」
 俺も北斗も昼食は殆ど購買で買ってきている。もしかしたら移動中、北斗に会えるかもしれない。
――期待を抱いて購買に行ったが、購買だけではなく広い学食内の何処にも北斗の姿は無かった。
「酒谷。俺、このまま北斗を探しに行くから」
「先に釘を刺しておくけど。その手に持ってる焼きそばパンを食べながら校内を歩くなよ」
 酒谷に言われなくても、休み時間中にこのパンを食べる事なんて不可能だろう、と俺は薄々感じていた。

 北斗は時限休みのたびに二組の教室に隠れていたらしい。美術の授業で俺の後ろに座っている伊庭が俺に教えてくれた。
 その情報を頼りに、芸術棟から戻ったその足で二組に行ったけれど、北斗はその裏を掻いて別の場所に行ってしまったらしかった。
 そして一日の授業が終わる。すぐに俺は一組に向かおうとしたが、教室の扉を開け放った次の瞬間、廊下に居た人物に腕を掴まれてしまった。
「天宮くーん。部室棟の風紀チェックの打ち合わせするよ♪」
 生徒会室にれんこーう、と言いながら、山口先輩は強引に俺の腕を引っ張っていった。

 

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 自分の通っていた学園では、三ヵ年皆勤の特典は革表紙のシステム手帳、六ヵ年皆勤は校長との会食でした。前者の方が良いと思うのは私だけでしょうか。