「優ちゃん、天宮君連れてきたよ!」
「小野寺先輩。今日の打ち合わせの話は事前に聞かされていなかったと思うんですが」
「そうだ。今日割り込まれた案件だからな」
何でも、部室棟から煙が出ていたと言う目撃情報が近隣住民から学校側に入ったらしい。部室棟の部屋、特に体育会系の部室は以前から教師陣が介入し難い場所なので、一斉取締りの主導権が生徒会に回ってきたと言う。
俺より少し後に酒谷が生徒会室に来たところで、臨時生徒会役員会議は始まった。
「先生は待たなくて良いんですか?」
「別の用件があるそうだ。どのみち幸崎に頼むのは承認だけだが、詳細を決める頃には向こうも片付いているだろう」
つまり、今日中にチェック方法からスケジュールまで全て決めてしまうつもりなのか。
一刻も早く帰って北斗の顔を見たいのに――。
「天宮。私情で早退は許可しないからな」
まるで俺の心を読んだかのようなタイミングで、小野寺先輩が言った。どうやら俺と北斗の噂は他の学年にも広まっている。山口先輩が俺を捕まえに来たのはそのせいだったのかもしれない。
「……はい。すいません」
部室内のチェック項目、違反のあった部へのペナルティ、担当の割り振り――文化祭の時に比べれば全然楽なはずの話し合いが、あの時の何倍もの時間がかかっているように感じられた。
学校からずっと駆け足で帰宅した俺が玄関のドアを開けると、そこに北斗の靴が乱雑に脱ぎ捨てられていた。
よかった、今日は帰ってきたんだ。
けれど、何で一階は暗いままなんだろう。母さんも出掛けていないようなのに。
気持ちは逸っているけれど、二階に上がる前に明かりだけは点けておこうと思い俺はリビングに入った。
「北斗……? 違う、南斗今帰ったの?」
母さんは、真っ暗なリビングで途方にくれているようだった。俺を北斗と間違えたと言うことは、あいつと何かあったんだろうか。
「母さん、北斗は?」
「出てこないの……何度呼んでも、あの子、自分はあなたのはずれだからもう構うな、って――」
俺は階段を駆け上がった。
「北斗、北斗!!」
ドアノブを何度回しても、動かない。必死でドアを叩く。
「……南斗。うるせぇよ、ドア壊れるだろ」
向こう側から北斗の声がした。しかしドアが開く気配は無い。
「ごめん……本当にごめん。俺が悪かったから」
「そこは認めるんだ?」
「だって昨日北斗が帰ってこなかったのも、今日一度も顔見させてくれなかったのも全部そのせいだろう?」
「天文部、お前が創ったんだってな」
どうして北斗がそれを!?
「俺、知ってんだよ。お前が部長だって事も、俺に絶対に知られないようにしてほしい、って関係者に言ってたって事も。何で?」
「それはっ……!」
姿を見せないまま北斗が俺を責める。自分も星が好きだったのに、と。
「南斗、そんなに天文部を独り占めしたかったのかよ。同じ顔の俺によそ見されるかもしれないのが怖かった?」
「違う!」
同じ顔、よそ見――一体何の話だ?
「北斗、言ってること解らない」
「じゃあ、お前が天文学始めた理由、言えよ――出来ねぇんだろ?」
北斗の口調にはどこか嘲るような響きがあった。
北斗の言うとおり、俺は何も説明することが出来ない。言えば逆上してまで守らなければならなかった全てが崩壊してしまう。
「俺、は……」
「俺は、南斗のスペアじゃない」
頭を鈍器で殴られたかのような錯覚を感じた。
記憶が次々と甦る。
初めての中間テストで良い成績を収めた俺。喜ぶ両親。俺達の横で、結果表を握り締めた北斗はどんな顔をしていたのだろう。
一緒にプールに行こうと誘った際、自分は呼ばれていないと断った時は?
そして小泉さんと別れた時は――。
『俺、お前の代わりだったみてぇ』
『俺、いつもお前に間違われんだ』
『俺がお前じゃないから』
『俺もう嫌だ、だから南斗、学校では俺のこと放っといて』
北斗が一番嫌がるのは「南斗」と間違えられる事。知っていたはずなのに、結局のところ俺は、今この瞬間まで何一つ理解していなかったのだ。
俺は北斗に特別な誰かが出来るのが嫌で、ただ北斗を独占したくて如何に自分だけに他人の注目が集めるかばかりを考え、結果周りが北斗をどう見るのか、北斗自身がどう感じるかと言う点を完全に見落としていた。
昨日の天文部の件はただのきっかけに過ぎず、ずっと以前から北斗は俺の行動によって追い詰められ続けていたのかもしれない。
「だから、俺は俺を『天宮北斗』として見てくれる奴らと居る。お前なんか、ホントにもう関係ねぇから」
それは二人で生まれてきてから初めて北斗に言われた、本気の拒絶の言葉だった。
夕食の時間だから、と北斗を呼びに行った時は、またドアを開けてくれないんじゃないかと不安が胸を過ぎったけれど、北斗は黙って部屋から出てきた。
一日ぶりに見る北斗の顔――けれど、表情を消した北斗は俺から視線を外した。
階下に降りた北斗は母さんとも目を合わさなかった。俺より前に同じ事を言われたらしい母さんは未だ動揺していて、俺とすらまともに会話が出来ないようだった。
俺も、北斗と話したいのに言いたいことは見つからず、ただ顔を見つめることしか出来なかった。
夕飯後に部屋に戻った北斗が部屋から出てきたのは風呂に入る時だった。
北斗が風呂から上がった丁度そのタイミングで父さんが帰宅し、説教をするためだろう、北斗をリビングに引っ張ってきた。
「北斗。昨日のあれはいったいどう言う事なんだ」
「別に……俺が何しようが、父さんたちにゃどうでもいいだろうし」
「何言ってるんだ、北斗」
「父さんや母さんが欲しかったのは、出来の良い『南斗』が二人なんだろ」
「北斗!!」
父さんの平手が北斗の頬を打つ。しかし北斗は全く動じなかった。
「……もういいだろ。俺、寝るから」
「北斗、待ちなさい!」
父さんの言葉も、俺や母さんの視線も全て無視し、北斗は再び自分の部屋へと戻っていった。
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