北斗は、いったん帰宅したものの母さんに何も言わずに出かけていったらしい。
今日はクリスマスイブだ。北斗が奈良さんと早速デートに行ったとしてもおかしくない。
夕食以外の時間を、俺は北斗の部屋で過ごした。あいつのベッドに腰掛けて、電灯も暖房も点けず、ただ待った。
夜遅くなっても北斗は帰ってこない。時計の針の位置が俺を苛立たせる。もしかしたら二人は何処かで抱き合っているのかもしれない。
北斗が帰ってきた気配がしたのは、日付が変わり両親が眠ってしまった後だった。少し経ってから、階段を上がってくる足音が聞こえた。
腰掛けたままベッドに上半身を預けていた俺は、北斗が部屋に入ってきたタイミングで起きあがった。
「――遅かったね、北斗」
点けられた室内灯は闇に慣れた俺には眩しくて、僅かの時間目を細める。
リビングで脱いできたからなのだろう、北斗はシャツとジーンズ以外の服を着ていなかった。一階で風呂に入ろうと思いついたときの北斗の癖だ。子供の頃からよく母さんに叱られていた。
「南斗。何で俺の部屋にいんだよ。しかも電気点けねぇで、おかしいんじゃねぇの?」
ルールを破った俺に対し、案の定北斗は怒った。俺はそれを無視し、北斗が開けたドアを閉めて鍵を掛ける。
「誰にも何も言わないで、何処に行ってた?」
「別に、お前にゃ関係ないだろ」
不貞腐れる北斗を内心でせせら笑う。俺が何も知らないと思っているのか?
「そう――北斗も知ってるよね、生徒会室が第二校舎の最上階にあるの。見てたよ。北斗が奈良さんに告白されてるところ。合ってるよね? 彼女、朝も北斗の下駄箱のところで何かしていたし。酒谷が一緒にいたから、中は確かめられなかったけど」
俺が見た事実を突きつけると、北斗は動揺し目を伏せた。後ろめたくなければそんな反応はしないだろう。
「オーケーして早速デート? 今日はクリスマスイブ――いや、もう昨日か。だから?」
「ち、違」
北斗の口から女の事なんて聞くつもりは無い。俺は北斗が逃げないのを幸いに、その肩を掴んで床に押し倒した。
「痛ぇっ!」
不意打ちを受けた北斗が叫んだ。抵抗できない隙に俺は腿の上に跨り、手首を押さえ込む。
「南斗っ!! 何すんだ、どけよ!」
言われたって、そのつもりは全く無い。暴れる北斗を押さえるため、俺は更に力を込めた。
「ふざけんなっ……!」
「ずっと兄弟でいるつもりだったけど――もう、いいんだ」
――多分俺は、哂っているのだろう。
「北斗が言ったんじゃないか。もう俺達は元に戻れない、って」
何度夢に見ただろう、何度鏡の向こうを見つめながら妄想しただろう。
実行に移せば破綻する。だからずっと我慢した。
けれど。
「俺がこうする前に壊れてるなら――止めなくたって同じだよ」
もうそんな必要なんて無いんだ。これ以上、壊れるものなんて何も無い。
「何もかも北斗に追いつくためだったけど、いつの間にか北斗は俺と一緒にいたがらなくなったよね。辛かったけど、別にそれでも良かった。兄弟でさえいさせてくれるなら――お前が他の誰も見ないで、俺以外の誰もお前を見ないなら」
そう囁きながら北斗の耳に触れる。片手首を解放された北斗が俺を押し返そうとするから、全体重をかけて押さえ込んだ。
指には冷たいシルバーの感触。俺が書記に当選した日以来、北斗がいつも着けているイヤーカフスのものだ。
「っぁ!」
無機物にすら嫉妬して、指の動きが思わず乱暴になる。
俺はもう片方の手も北斗の手首から放して、両手で後頭部を抱え込んだ。薄く開いた唇に噛みつくようにそれを奪う。
初めて触れる、北斗の粘膜の濡れた感触に、俺は本気で我を忘れた。逃げる舌を追いかけ、肉を舐める。錯覚かも知れない――でも甘い、腰から下が蕩けてしまいそうなほど。
「んっ、ふぅ、っ――!」
抵抗するなら俺の舌を噛めば良いのに、混乱している北斗は俺の背中をただ叩くだけだ。それも、力が抜けてきたのか次第に収まっていく。
北斗はこんなキスをあの女ともしたのだろうか。そして、その先は。
考えるだけで頭の芯が焼け付いて、気が狂いそうになる。
俺が北斗の「初めて」を奪えたのは、軽く触れる程度のキスだけだ。唾液の味、快楽で震える表情や吐息は全て俺以外の誰かに持っていかれてしまった。俺を突き動かすのは、その事に対する激しい怒りの感情だった。
「ごほっ」
唾液が気管に詰まったのだろう、北斗がむせた。
「でも、北斗が俺を否定して、他の誰かのものになろうとするなら――誰のものにもなれなくするだけだ」
二度と他人に腕を伸ばそうなどと考えられなくなるように、俺で全てを埋め尽くしてしまえばいい。
一気に北斗のシャツを捲り上げる。俺は北斗の癖につくづく感謝した。厚着をされていたらかなり面倒だった。
俺と同じ遺伝子で設計されているはずなのに、北斗のものと思うだけで綺麗に見える肌。部屋の冷気に触れて鳥肌が立っている。
――何かが脳裏に引っかかったけれど、北斗の肋骨のラインに触れた瞬間にそれを忘れた。
北斗の首筋に顔を埋め、強く吸い上げる。
「石鹸の匂い、すると思ったけど」
それは冬の寒さの前に霧散してしまったのだろうか。俺にとっては余計なことを連想せずに済むので都合が良かった。
北斗の素肌を触覚の全てで感じ取りたくて、顔から身体にかけて思いつく限りのところを啄んだ。両方の掌も休むことなく動かす。
北斗は目を見開いたまま声の一つも出さなかった。だが、どうやら弱いらしいところを俺が掠めると、無言のままで身体だけが跳ねた。
どうやら抵抗する気力を無くしたらしい、と判断した俺は自分の身体を起こす。
ベルトは下で外してきたらしい。無防備なジーンズのボタンに手を掛けた。勢いを付けたためだろう、弾みでジッパーも半ばまで降りた。できた隙間に手を差し込む。
その時、キスの時以外は閉ざされていた北斗の唇が、開いた。
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