INTEGRAL INFINITY : extrastars

【anotherstars - Eclipse the Pleiades 03】

 天宮にとって僕はその辺の人間と大して変わらない存在だったとしても、表面上の親友の座を喪う事になるのだけは嫌だった。だから僕は、幸崎先生の事も天宮に訊けずにいた。

 放課後にぼうっとしていると面倒なことを押しつけられやすい。一年と二年とでは授業のコマ数が違う曜日があるので、そんな日は生徒会室に行く前に屋上で昼寝をして時間を潰すのが僕の習慣になっていた。実は扉が普段から施錠されていない事を知る生徒は、天文部員の他にはあまりいないだろう。

 その日も僕は文化祭実行委員会の時間までのつもりで屋上にいた。まだ強い日差しを避けるため給水塔の影に隠れていると、後から誰か屋上に入ってきたのが判った。声が聞こえるということは少なくとも二人以上だろう。
「すごく良い天気ですね!」
(天宮だ)
 聞き間違えるはずがない、声。ぴゅうと鳴る風に負けない大きさで誰かに話しかけていた。
「このまま夜も晴れていると有り難いんですけど」
「今日はやけに機嫌が良いんだね、天宮君」
 やはり会話の相手は幸崎先生らしい。隠れたままの僕の心臓が早鐘を打ち始めた。
 多分二人がここにいるのはプライベートな会話のためだ。普通の教師と生徒の関係では、あまりそんな事はない。
 しかし天宮は、押し潰されそうな僕の心が予想したのとは全く違う事を言った。

「だって昨日は北斗が俺をわざわざ訪ねてきてくれたうえに一緒に帰れたんですよ? 並んで歩いたなんてどのぐらいぶりだろう」

「僕が憶えてる限りだと二学期じゃ初めてだね。夏休みは兄弟で出かけたりしなかったのかい?」
「幸崎先生、それはもう何度か話しましたよ。北斗がうんと言ってくれる事は絶対無いんですから。特に今年は俺が気づいたときには家にいなかったりして、きっとあの菱井と一緒に遊んでいたのかと思うと、今この瞬間だって腹が立ちますよ」
 普段の天宮なら絶対にしない口調だった。彼はいつも微笑んでいて負の感情とは無縁のように感じていたぶん、僕の驚きは大きかった。
「昨日はパンフレットチームの話し合いが長引いて良かった。菱井が北斗と帰るのを妨害出来たし、北斗は何も疑っていないし」
「本人が悪いわけじゃないんだし、あまり菱井君を嫌うのは気の毒だよ」
「でも本音なんです。北斗が俺以外の誰かを見るなんて嫌だし俺以外の誰かが北斗を見るのも嫌だ。何で北斗の全部が俺のものじゃないんだろう、って思ったことは一度や二度じゃないですし、もし世界に存在するのが俺と北斗の二人だけだったら、とも考えますよ」

 俺の全てはとっくに北斗のものなのに。

 天宮ははっきりとそう、言った。
「成績の維持も他人への接し方も、表情の一つ一つだって全部そのために身につけたんですよ? 周りが北斗を見ないためなら俺は誘蛾灯でも何にでもなる」
 直射日光を浴びてもいないのに目眩がした。あの綺麗な笑顔の裏に隠れていた天宮の本音は、僕の想像よりもずっと昏くて恐ろしい。皆が見ていた天宮はただ一人の人間、それも双子の兄を独占するためだけに造ったものだったのか。じゃあ、彼にとって僕は。
 天宮はわざと大きく深呼吸した。
「すいません、先生。いつもこんな話ばかり聞いて貰って」
「何度も言っているけど全然構わないんだよ。僕は『ロバの耳』の穴なんだから」
 先生の言葉で僕は気づいた。あんな他人に言えないような想いを、きっと天宮は何年も溜め込んできたのだ。それに最初に気づいたのが幸崎先生で、だから二人は親密なのだろう。
 もし、それが先生ではなく僕だったら。
 この期に及んでそんな仮定をしてしまう僕は――やはりつい先程まで天宮に恋していたのだ。

 

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 久しぶりに仮面無しモードの南斗を書きましたが、相変わらずあまりに菱井嫌いすぎる。