【anotherstars - Eclipse the Pleiades 04】
一度自覚した気持ちを僕は、早々に手放すと決めた。
天宮は僕が恋をする事が出来る相手では無かったのだ。不毛な片思いを続けるより、彼は友人なのだと現段階で割り切ってしまった方が楽になれる。
裏を返せばそれは、僕の気持ちがその程度でしかなかったという事だ。天宮のように性別どころか血縁関係という高すぎる壁を目の前にしてなお、自分自身を造り替えてまで激しい思いを抱き続ける事は出来ない。
時期が文化祭前だった事も幸いした。お互いとても忙しかったし、役割が被らないので単独で作業する機会もそれなりに多かったからだ。
そしてあっと言う間に時間は過ぎ、気がつけば文化祭本番を迎えていた。
「幸崎先生に差し入れをした方が良いと思うんだ」
天宮がそう言ったとき、僕はほっとした。
教師側のごたごたで文化祭実行委員会からは遠ざけられた幸崎先生は、文化祭の間殆どずっと天文部の店番をする事になった。元々お祭り騒ぎに上手く乗れない方だから、と本人は言っていたけれど、どうも先生は生徒会と関わって以来、小野寺会長と何より天宮に良いように扱われている気がしてならない。もし天宮から言い出さなければこちらから提案しようと思っていたが、その場合僕の中で天宮の評価は下がっただろう。まだ心情的に彼を悪く思いたくない。
クラス出店の当番の関係で、初日は僕が水餃子を差し入れた。ちなみに特訓までした程気合いが入っている奴で、幸崎先生はとても喜んでくれた。
僕は当日の仕事の内容的に、上手く立ち回れば時間の余裕を作れるので、差し入れ以外でも時々先生の様子を伺いに行こう、と決めていた。殆ど誰も知らない天文部に人が来るとはあまり思えず、先生は暇を持て余すだろうと考えたからだ。
しかし僕の予想とは裏腹に、先生は一人の男子生徒と楽しそうに雑談していた。身体は出入り口の方を向いているのに、入ってきた僕に全く気づかない。
「天宮君はやっぱり双子座も好きなのかい?」
「偶然、生まれ星座は双子座だけど、俺はどっちかって言うと嫌いかも」
僕は最初、先生は天宮と話しているのかと思った。相手の声はそれほどまでに聞き慣れたものだったからだ。しかし彼は茶髪で姿勢も良くない。改めて見直して判った――これは天宮の兄だ。
天宮は天文部の存在を兄にだけは知られたくない、と言っていたのに、何故彼がここにいるのだろう。
僕は先生に声を掛けようかと思ったが、よく聞いてみると二人の会話に天宮の存在が見あたらない。天宮の兄がここに来たのは本当に偶然で、先生はちゃんと天宮との約束を守っているらしい。
幸崎先生の配慮を無駄にしないため、僕はこのまま引き返した方が良さそうだった。最後にもう一度先生の顔を見て――僕はその表情に驚いた。
幸崎先生は、天宮に向けるよりもずっと優しい表情をしていた。それは明らかに一番大切なものを見るときの目。
まさか幸崎先生も天宮の兄が好きなのだろうか。天宮から重大な秘密を打ち明けられ悩みも全て共有しているはずなのに、よりによってその相手に惚れてしまうだなんて。
だが、僕の存在にすら気づかず幸せそうに話し続ける先生の様子からは疑いようがない。
教室から出る際、もはや第三者である筈の僕の心臓は激しく鳴っていた。むしろ当事者ではないからこそ、知ってしまった事実を隠さなければならない。
幸崎先生は、恋愛感情とは違うといえど天宮を特別視していると思う。だから自分の本心を彼に言うことは多分無い。天宮も、今のところ兄に告白する事は考えていないようだから、このまま時間と共に沈静化するのではないか――そう、この時の僕は思っていた。
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