【anotherstars - Eclipse the Pleiades 05】
天宮と天宮の兄、そして幸崎先生の微妙なバランスで成り立った関係は驚くほど早く、そしてあっけなく崩壊してしまった。
あれは中間試験が終わった直後の事だ。いつものように雑用に追われた僕は遅れて理科棟に出向いたのだが、その横を何者かが凄い勢いで走り抜けていった。
そして目の前にある、開け放たれた地学準備室の扉に不吉なものを感じて思わず立ち止まった僕の耳に、悲痛な声が届く。
「北斗……ごめん北斗、北斗……北斗っ!」
「俺行かないと、北斗を探さないと、謝らないと――」
「君のその状態では無理だよ!」
「ちょっ、天宮!?」
やっと足を踏み出した僕が地学準備室で見たものは、幸崎先生に肩を抱かれ真っ青な顔で震える天宮の姿だった。それに、頬に殴られた形跡がある。
一瞬で何があったのかを僕は悟る。さっきぶつかりそうになった相手は天宮の兄だ。彼は、天文部の部長が天宮である事を知ったに違いない。
「すまないね、酒谷君。僕はこれから天宮君を保健室に連れて行く。多分、今日の部活は出来ない」
「だったら僕もついて行きますよ!」
「天宮君は少し落ち着く必要があるから、酒谷君はここに居るか、帰りなさい」
自分が教師として責任を持つ、と言い切った幸崎先生は、そのまま天宮を連れて地学準備室を出て行った。
残された僕は、天宮の鞄を拾う。
天宮の、あの酷い表情が頭から離れない。ただ秘密がばれたというだけで、ああまで絶望しきった顔になるのだろうか。兄の方も、弟を殴るぐらいだから多分普通の状態ではなかった。何も知らない自分がとても歯がゆい。
僕は天宮の鞄を持って昇降口に行った。殆ど勘のようなものだったけど、暫くして天宮がそこに現れた。悲痛な表情は全く変わらず、僕はただ黙って鞄を彼に差し出すしかなかった。受け取った天宮もまた、無言だった。そのまま靴を履き替えると、全力で校門に向かって駆けていった。
その後僕は何度か天宮の携帯に電話を掛けたが、大抵は通話中で、途中から一切の反応が無くなった。その事が不安で僕は翌朝いつもより若干早めに登校したのだが、一年一組の下駄箱の前に既に天宮はいた。しかし顔色は昨日より更に酷く、まるで夢遊病者のように一点を見つめていた――昇降口の外を。
明らかに判るほど異様な様子で、いつも天宮を羨望や諸々の眼差しで見ている生徒達は、誰も彼に話しかけようとしない。
「天宮、天宮!」
「あ、酒谷……」
何度か声を掛けて、やっと天宮は僕の存在に気がついた。
「お前、何してるの? ひょっとして兄関係?」
そう訊くのは賭けだったが、天宮はただ頷くだけだった。頭の良い彼の事だから、僕が地学準備室に現れたタイミングから、兄とすれ違った事を既に察しているのだろう。
「昨日北斗と喧嘩して――謝ろうと思って、ここで待ってるんだ。鞄、渡さないと」
「ふーん……」
確かに、見れば天宮は鞄を二つ持っている。あれから天宮達の間に更に何かがあったんだろう。しかしここで詳しい事情を問いただすわけにはいかないし、どう見ても天宮自身が事態を飲み込めているようには思えなかった。
天宮は兄が登校してくるまで待つつもりだろう。僕は遅刻はしないように、とだけ言った。
天宮達の件は僕が思うより遙かに深刻だったらしく、その日天宮は休み時間の度に兄を捜していた。だが一組全員が結託したらしく、結局校内で会うことは出来なかったらしい。
この事件がきっかけで、天宮兄弟の仲は相当険悪だという噂が校内に広まった。また天宮の兄は以前より目立つ行動が多くなり、友人らと楽しそうに会話しながら歩く姿をよく見かけた。
一方の天宮は、これまで以上に完璧な笑顔で周囲に接するようになった。勿論、僕に対してもだ。だが、どう考えても無理をしているようにしか見えない。僕に出来るのはただ一つ、可能な限り天宮の近くにいて彼の様子を見守る事だけだった。
prev/next/番外編/polestarsシリーズ/目次