【anotherstars - Eclipse the Pleiades 08】
冬休みの間中、天宮はオーナーの要求以上にひたすら働いていた。
流石は天宮と言うべきか、普通のバイトより相当優秀だったんじゃないかと僕は思う。バイト代を出そうか、とオーナーが申し出たぐらいだ。勿論、天宮は断ったが。
暇を作る暇が無いぐらいの天宮の働きぶりは、間違いなく兄の事を極力思考から押し出そうとしていたんだと思う。けれど天宮は、弱ったところを僕に決して見せようとしなかった。隠れたところで一人思い詰めていたのかもしれない。大晦日、天宮の姿が見あたらなかった時があったけれど、運悪く僕はオーナーや泊まり客に捕まってしまい彼を追いかける事が出来なかった。
冬休みの最終日に街に戻った時、別れ際に僕は天宮に訊いた。
「このまま家に帰るの? 天宮」
「うん、帰るよ」
「本当に?」
だってこの荷物だよ、と天宮は綺麗な苦笑を浮かべた。僕はまた、それ以上彼に踏みこむ事が出来ずじまいだった。
三学期になり、また天宮兄弟が揉めたという噂が学内に広がった。ついでに兄とうちのクラスの奈良さんが付き合っているという話も一瞬出回ったのだが、兄本人が否定してそちらはすぐに収束した。奈良さんが兄に告白して玉砕したのが事実だったらしく、その混乱ぶりは端から見ても気の毒なぐらいだったが。
ところが、それ以来突然、天宮と兄が何事もなかったかのように普通に接し始めたのだ。
今までの事があるため、天宮の知らないところでは一体どんな心境の変化があったのか、と囁かれていたし、事実僕もその件について何度か質問された。当然、全てわからないの一言で回避したけど。
でも僕が感じていたのは、疑問よりももっと明確な不安だった。僕は天宮が兄に対して抱いている感情を知っている。自分も相手も壊しかねないそれを彼はどうやって処理しているのだろう。
僕はやっと、決心した。
昼休み、僕は一緒に昼食を食べよう、と天宮を第二校舎裏に連れ出した。
「で、いったい何があったの」
「何が、って」
「最近の天宮は変だ。僕に隠し通せると思ってるの?」
天宮は一瞬、虚をつかれたような顔をしたがすぐに納得したような表情になった。やはり僕が何かに気付いている事自体は知っていたんだろう。
「俺、隣県の樫ヶ谷学院の編入試験を受けるつもりなんだ」
「――えっ」
何を言われたのか、僕は暫く理解できなかった。
「お前や小野寺先輩との約束、破る事になる。ごめん」
「その理由は、多分教えてくれないんだよな?」
天宮は黙ったままだった。
放課後、僕は独りで屋上の床に寝ころんでいた。
天宮の全てを諦めたかのような達観した視線を思い出し、何もかも遅すぎたのだ、と僕は悟った。天宮は自分自身を今の環境から捨てる事を選ぶぐらい追いつめられていたのだ。
天宮の本当の友人になりたかった。悩んでいる事があるなら話して欲しかったし、お互い本音で話せる仲になりたかった。そう思うならどうして、僕は自分が知っている事を打ち明けなかったんだろう。天宮には疎まれたかもしれないし、そのまま絶縁されたかもしれない。それでも僕は怖れるべきではなかったのだ。
もし、何処かでやり直せるなら。
そう願った時、誰かが屋上のドアを開けるのが判った。
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