【make me yours ⇔ mine 02】
「――文字通り、水も滴るイイ男ねぇ」
「確かに現在進行形で滴ってますが、もうちょっと俺に感謝して下さっても良いんじゃないでしょうか山口先輩」
体育祭前日の最終チェックのため、俺は(よりによって)山口先輩と組んで校内を巡っていたのだけれど、校庭の端を通っているときに突然スプリンクラーが作動した。恐らくは誰かが、人のいる事を確認しないで動作チェックしたんだろう。
うちの学校のスプリンクラーは腰掛型で、散水ノズルが地面より高い位置にある。そのため咄嗟に山口先輩を庇った俺は見事にずぶ濡れになってしまったのだ。
「で、そのままじゃ風邪引くんじゃない? 天宮君」
確かに、このままでは気化熱に体温を奪われるだろう。それ以前にシャツが肌に張り付いて気持ちが悪い。
「そうですね。濡れた服、或る程度乾かしてから帰ります」
「体操着やジャージに着替えたほうが早いんじゃないのぉ?」
「生憎家に持って帰っていて、今日親に洗濯して貰ってます」
俺は生徒会室に戻ることにした。ちょうど鞄もそこに置いてあるし。
第二校舎に向かう途中、遙か頭上から応援団のエール練習が聞こえてきた。判別は出来ないけど、あの中に北斗の声が混じっている。
明日の本番であいつの勇姿を見るのがとても楽しみだ。
「――で、どうして山口先輩までここに居るんですか?」
「ひどーい、あたし生徒会副会長よ? それにあたしだってここにカバン置いてきてたんだもん」
「これですか? じゃあ先輩はさっさと帰ってください」
先輩に鞄を手渡してから、俺はドアの方に背を向けてブレザーの上着、続けてシャツを脱いだ。
「余計な水分は絞った方が乾きが早いわよぅ?」
「うわ!?」
何でこの人まだ生徒会室にいるんだ!?
「天宮君詰めが甘いよ? ちゃあんと確認しないとね♪」
そう言うと山口先輩はいきなり俺の胸に触ってきた。
「ちょっ、何するんですか!?」
「あははー、そんなに貧弱ってわけでもないのねぇ」
笑いながら先輩は、今度は俺の肩に手をかけてきた。
「これって立派なセクハラですよ解ってるんですか先輩!?」
「あははははー」
本当に、どうしてこんな人と十七年も付き合ってこれたのかな小野寺先輩は!?
こう見えて山口先輩は実は凄く頭がキレて、サボッているようで裏で色々やってると言うことを今では知ってる。でもやっぱり人格が何処か破綻しているとしか思えない。
その時、突然ドアが開いた。
音に驚いてそちらを向くと――北斗と目があった。
「……邪魔したな」
北斗は抑揚の無い声で言うと、今度は静かにドアを閉めた。
俺はその間、身動き一つ出来なかった。
「あらー、これは誤解されちゃったかもねぇ」
「どっ、どどどどうしてくれるんですかはっきり言って先輩のせいですよ!?」
今度は俺が山口先輩の両肩を掴む番だ。
「ちょっと天宮君痛いってばぁ。でも北斗君、あんま怒ってなかったっぽいよ?」
先輩の肩を揺さぶる手の動きが、止まる。
確かに、普通「浮気現場」を目撃したなら、その場でキレて怒鳴ったり暴れたりしそうなものなんだけど。
急に不安が湧き上がる。ひょっとして俺、北斗にとっては「その程度」にしか思われていないんだろうか?
そう言えば普段から妬くのは俺のほうばかりで、例えば俺が酒谷と話し込んでいても北斗は全く気にしていない。
「天宮くーん?」
俺は頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。
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