【再会編 田中達の場合】
2006.07.20 08:00
「――もう出てきていいよ、田中君」
「いつバレるかドキドキだったよ。すぐ後ろの席だし」
田中はヤマちゃんこと山寺と遊んでいたのだが、山寺の幼なじみの集団と偶然遭遇した。人懐こい田中はすぐに順応し、そのまま山寺とともにメンバーに加わったのだ。
出身中学をきかれて答えたところ、なら天宮兄弟は知っているかと言われ、田中は全て正直に答えた。
中学では南斗ばかりが目立って北斗は殆ど注目されなかったこと、ある女子のことが原因で兄弟仲が冷えきってしまったことなどを話したら、全員が信じられないと口を揃えて言った。山寺ひとりにも話したことがあるが、その時の反応も似たようなものだったと田中は記憶している。
そこに偶然南斗が通り掛かったので、本人を捕まえて探りを入れてみようという話になったのだ――結果的に逸れまくってしまったが。
「それにしてもあの天宮からエロトークを聞くことになるとは思わなかったよ。中学んときも一番興味薄そうだったのに」
すると途端に、田中を除く皆は黙り込み、何か言いにくそうにしながらお互いを見合った。
「……なぁ」
「言うな、俺も思った」
「え? え? みんなどうしたん?」
「田中はさっきの南斗の話、正確にはある単語に違和感感じなかった?」
「全然。なんで?」
「『裸』だよ。水着でそれはおかしい」
ビーチで物凄いハイレグを着ているならともかく、南斗が気にしていたのは水泳の授業だ。女子が着るのはスクール水着のはずである。
「アレはアレでクるって奴はいるだろうけど、普通あの水着姿を裸とは言わないだろ」
「そんで、たかだか水泳の授業に出らんなかったぐらいで大人気ない報復措置をとりそうな奴ともなると、この場にいる全員にとって心当たりは一人しかいない」
「それは誰?」
田中が知らない子なのだろうけど一応尋ねてみる。
山寺達は「せーの」の掛け声の後、その名を言った。
「「「――北斗」」」
「みっちゃん達もそう思ったか」
「賢太こそ。あいつ泳ぎは下手だったけど海やプール大好きだったしな。気温低くて授業中止になったらすげー機嫌悪かったじゃん」
「男の水着姿だったら確かにほぼ全裸だしな」
「ちょっ、ちょっ! 北斗って天宮の兄貴のこと!? だってあいつら両方男で兄弟で」
「あんまり大声ださないで、ほら。田中君はあいつらの小学生時代を知らないから混乱するだろうな」
「暇さえあればいつも二人でべったり、特に南斗は一番つまらないのは北斗がいない授業中だって豪語してたよ」
「あー確かに南斗のほうがかなりヤバかった。北斗もたまに引いてたしな」
山寺達の言い分によれば、「南斗だったらブラコンが行きすぎてそうなっちゃっても全然おかしくない」ということらしい。
2006.07.20 12:53
「さっきサトから聞いたけど、惣稜じゃ二人はあんま仲良くないって有名らしい。田中君の証言に通じるな」
「そりゃカモフラージュだろ絶対。南斗中学んとき成績良かったんだろ」
「あ、ああ。何でもっと上狙わないのかって受験の時言われてた」
「じゃあ北斗のレベルにわざわざ合わせたんだな。そこまでされると天晴れだよなぁ」
その時ガラス壁を外から叩かれ、一同は何事かと外を見て、そして固まった。 ついさっきまでこの場にいたのと全く同じ顔が店内を覗き込んでいた。ただし、着ている服と髪の色が異なる。
「うっそ、こんなお約束な展開ってアリ!?」
2006.07.21 07:46
ガラスの向こう側にいた少年は、暫くすると店内に入ってきた。
「うわ、やっぱみんないる! 久しぶりじゃん!」
「お前北斗か?」
「そだよ。何だよ小学メンバーで集まるんだったら俺らにも声かけろよ」
「いや偶然なんだってホント。お前のケータイ知らないし、呼び付けようが無かったんだよ」
じゃあ教えるわ、ともう一度メンバーを見渡した北斗は田中の存在に気付いたが、幸いよく覚えていなかったらしく、山寺が偶然居合わせた自分の友人だと説明するとそのまま納得した。そしてさっきまで一緒にいた友人は学校の先輩に連れ去られてしまったのだと残念そうに語った。
「お前らよく『俺』のほうだってわかったな」
まさかさっきまでここに南斗がいただなどとは言えず、話を振られたみっちゃんこと満山は何となく雰囲気で、と誤魔化した。
「北斗、髪染めたんだな」
「中学ん時は無理だったけど、南斗と間違われまくってたからな」
一同は一瞬、固まる。約三分前まで交わしていた会話の内容を考えれば、仕方ないことだろう。
満山が慌てて、今通っている高校は何処なんだという本日何度目になるか判らない話題にもっていった。
「みんなバラバラだな。けど今度どっか遊びに行きてぇよな」
「市民プールにか?」
仲間の一人、杉田の発言に山寺がこっそりと肘打ちを食らわせる。
「あー小五小六ぐらいんときよく行ったよな、主に俺の提案で。今年一回も泳げてねぇんだよなぁ」
「が、学校の授業に水泳無いの?」
「――あったけど出れなかった。一回二回ぐらいしかねぇのに」
(((キターーー!!!)))
2006.07.21 21:52
田中だって、中学時代は周囲に対する興味も関心も薄い――これが人気者だった南斗の兄弟なのかと思っていた天宮北斗が小学校時代の友人達の前では明るくよく笑う、本当に普通の少年であることに驚いたし、見直しもしたのだ。
だが、いかんせんタイムラグがあまりに短すぎた。
「水泳欠席って風邪? なんか流行ったし」
「んー、風邪ってか発疹ってか」
(発疹!?)
「まぁ……人前に出れる状態じゃなかったから、泣く泣く欠席……」
(何でそんなに意味深な表現するんだよ、しかも考えながら話すなよ!)
極め付きに北斗は小さな声でムカつく、と呟いた。
全員が疑惑を真であると確信した瞬間だった。
※ただ今それぞれが南斗の発言をフルスロットルで脳内再生しております。暫くお待ちください。
「そだ、南斗も呼ぶ? あいつたぶん暇だぜ、今日」
「そ、それより北斗ハラ減ってないか!? ビックマックでも何でも奢るぞ」
「バリューセットL格上げもOKだ!」
「――はぁ!?」
満山と杉田に引きずられてレジに行った北斗が戻ってきたとき、その手に持つトレイには明らかにバリューセット一人前より多い食物が乗っかっていた。
「まぁ座れ座れ」
「みっちゃん……これ、みんなで食うんだよな?」
困惑気味の北斗に対し、囲む連中は一様に不気味なほど慈愛に満ちあふれた眼差しを注いでいる。
「さぁ、遠慮無く食え?」
「たっぷり食って体力付けろ、身体が資本なんだから、お前は」
「何かお前ら凄ぇ変なんだけど……」
しかし北斗は山寺がポテトに手を伸ばしたのを見ると、安心したのかやっとビックマックの包装を解き始めた。
そこからはまたもとの雰囲気に戻ったのだが。
(旨そうに食ってんなぁ……あの口で――)
(確かにこりゃ『どちらかと言うと貧乳』だな。全体的に肉薄いし腰こて――って、な、何考えてんだ俺!)
(ダメだダメだ思い出すな連想するなリピートするな俺の脳!!)
(あああ何で包み隠さず全部話すかな南斗の奴! おかげでメチャクチャ具体的に想像できるじゃねーかこの野郎!)
――決して口には出さなかったものの、みなそれぞれに厭な葛藤をしていたようだ。
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