【大学生編・卵焼き編 その2】
2006.11.09 07:56
篠原さんが張った「予防線」は大したものだった。彼女は俺を家に連れてくるにあたって「味見役」として彼氏君本人とその兄を呼んでいたのだ。受験生なのに大丈夫かと訊いたところ、たまには気分転換です、と言われた。
加えて篠原家には彼女の双子の弟が在宅中だった――実のところ篠原さんと話が合うのはお互い双子の片割れであることが大きい。
篠原さん達は二卵性の男女の双生児で、俺と北斗とは同じ双子でも正反対だから、俺達とどう違うのか興味がある。
余談だが、もし俺か北斗のどちらかが女だったらと言う話題が昔出た時、菱井から「あんたが女の場合は間違いなく『キモウト』になってたな」と用語解説付きで断言された。失礼な話だが、悲しいかな自分自身ですらそう思っている。
2006.11.10 07:46
確かに、篠原さんが言ったように卵焼きを焼くのは難しかった。最初は卵液を焦がしたり上手くまとまらなかったり……遅い昼食は案の定失敗した卵焼きばかりになった。
「でも最後の方、ちゃんとしたカタチになってるよ。美味い」
篠原さんの弟さんがそう褒めてくれた。
「天宮さんの家の卵焼き、随分甘い味付けなんだな」
彼氏君のお兄さんに言われ、俺は曖昧に頷いた。実際は、俺に近い味覚を持つ母さんの卵焼きはあまり甘くない。だから、北斗にとって菱井家の甘い卵焼きが好みの味なんだろう。
結局俺は、特訓の後も篠原家には居残り、皆との会話に花を咲かせたり彼氏君の勉強を見てあげたりした。
昨晩携帯の充電を忘れたことは、記憶からすっかり抜け落ちていた。
2006.11.10 21:11
☆ おまけ・その頃の北斗 ☆
ちょっと出掛けてくる、っつったきり南斗が帰って来ない。
時計を見るともう正午を過ぎていた。今日はあいつが昼メシ当番のはずなんだけど……まぁ、良いか。
携帯には何の連絡も入ってねぇから、あいつはうちでメシを食うつもりだろう。俺も午後からバイト入ってるし、メシ作っといてやるか。
冷蔵庫ん中から出てきたキャベツとかの余り野菜と麺で、俺は焼きそばをつくった。
出来上がった段階でも南斗が帰ってくる気配は全然無くて、こっちから何回も電話やメールしても繋がらないし返信も来ねぇ。冷めかけた焼きそばを食う段階になって、昨日南斗が携帯の充電切れかけてる、っつってたのを思い出した。それで、あいつはうっかり充電し忘れたんだろう。
連絡全然無いのが不安で、何か事故とかに巻き込まれてんじゃねぇのか、とかそういう事考えちまって俺は落ち着かなかった。
そうこうしてるうちにバイト行く時間になって、仕方なく俺は冷蔵庫ん中に焼きそば入ってることを書いたメモをテーブルに置いて家を出た。
2006.11.13 07:54
「昼は卵焼きばっかだったから、夜はファミレスかどっか行こう!」
篠原さんの鶴の一声で、夕食は外食ということになった。弟さんは「お前がつくればいいのに」と言っていたけれど、出掛けているご両親が帰ってくるかもしれないし、そうなるとお邪魔になってしまうだろう。
俺達は近場のファミレスに行くことになった。俺も普段から帰宅が極端に遅くなりそうな場合に利用している。
移動の間中も店内でも、俺達の会話は尽きる事が無かった。
まるで小学時代の親友達と話しているみたいだ。中学以降はこういう場合常に計算を働かせていて、本当の意味での「友達との会話」をした事は非常に少なかった。
大学生になって、過剰な装飾の仮面を被る必要がなくなり、数年遅れで自然な人間関係の築き方を取り戻し始めているのかもしれない。
prev/next/小ネタまとめへ/番外編/polestarsシリーズ/目次