【ふしぎの国のアリス少年 03】
白ウサギの自宅はこぢんまりと可愛らしい家でした。
「なかなか良さそうな物件だなぁ。でもやっぱり俺のうちで同居したいし」
アリスは既に人生設計を考え始めているようです。ただし白ウサギの自由意志はまるっきり無視です。
「おじゃましまーす」
不用心にも施錠されていないドアを開け、アリスは家の中に入りました。
白ウサギの手袋と扇は台所のテーブルの上に置いてありました。どうやら最初からうっかり持ち出すのを忘れていたようです。アリスはこれで自分の株が上がる、と確信しながら手袋と扇をエプロンのポケットにしまいました。
そこですぐに白ウサギの家から出れば良かったのですが、アリスはテーブルの上に置いてあったもう一つのもの――何かの飲みかけらしい小瓶を発見してしまいました。
もし、白ウサギが飲んだものだったら間接キス。
そう判断してからのアリスの行動は素早いモノでした。
アリスが小瓶の液体を飲み干した途端、彼の身体はいきなり大きくなり始めました。あっと言う間に身体の体積が部屋一杯になり、遂には頭が屋根を突き破ってしまいました。もう器物損壊どころの騒ぎではありません。
当のアリスは全く悪びれる事なく、むしろこれで白ウサギに堂々と同居を申し出られる、とさえ思っていました。非道すぎます。
ひとまずここを出て白ウサギに忘れ物を届けなければならないのですが、肝心の公爵夫人の館の場所を訊いておくのを忘れていました。アリスは仕方なしにそのまま立ち上がり、白ウサギが走っていった筈の方角を見渡しました。すると確かにちょっと豪華な館が見えます。
「歩幅を考えるとこのまま向かった方が早いよね。でもこのサイズじゃ中には入れないか」
ところが「アリス」の世界は物事都合良く出来ていて、庭に小さなお菓子が落ちていました。アリスは直感でそれをつまみ上げると、自分の身体を白ウサギの家から引き抜きました。
アリスはその巨人サイズでサクサクと公爵夫人の館の前まで来ると(森の仲間達にとっては悪夢のような時間でしたが)、拾ったお菓子を食べました。すると思惑通り彼の身体は小さく縮み、白ウサギと遭遇したときと同じぐらいになりました。
門番などは特に見あたらなかったので、アリスは勝手に敷地内に入ります。
「不用心だなぁ。まぁ、白ウサギさんにさえ逢えればそれで良いけど」
館の扉に辿り着くと、そこには従者が一人、立っていました。
「あの、こちらに白ウサギさんが来ていませんか?」
「ああ、ちょっと前に来て中に入ったよ。って言うよりここでうちの奥様に見つかって中に引きずり込まれたみてーだったけど」
どうやら、アリスはちょっとばかり来るのが遅かったようです。
「そうそう。うちの奥様、女王様からクロケットにご招待されたんだよ。流石だよなー」
公爵夫人を知らないアリスにとってはどこがどう流石なのかは判りません。ただ、この従者は随分と公爵夫人に心酔しているようです。放っておいたらずっと自分の主人の自慢話をされそうなので、アリスは彼に白ウサギのいるところに案内して欲しい、と申し出ました。
「いいよ、あいつならまだ奥様のところだろ。俺も奥様の顔を拝めるし、おやすいご用だ」
「奥様! お客様をご案内しました!」
公爵夫人は館の応接間でお茶を飲んでいるところでした。向かいのソファには下手するとアリスよりも図体がデカい猫が丸まって寝ています。ところが白ウサギの姿は影も形もありません。
公爵夫人はアリスを一目見て、「あら、あらららららぁ?」と嬉しそうな声を上げました。
「ご苦労様。あなたはさっさと持ち場に戻って良いわよぅ?」
従者は公爵夫人にすげなく追い払われてしまいました。
「あの、俺、白ウサギさんに頼まれたものを持ってきたんですけど」
「残念ねぇ、あの子はちょっとした『お使い』に行って貰ったの」
何やら含みを持たせた公爵夫人の言い方で、哀れ白ウサギは手袋を忘れた罰を受けている真っ最中なのだとアリスは知りました。
prev/next/番外編/polestarsシリーズ/目次