【ふしぎの国のアリス少年 04】
「ねぇ、お名前は?」
公爵夫人は身体を乗り出して質問してきました。
「あ、アリスです一応」
反対にアリスは思わず身体を引いてしまいます。本能的に苦手だと感じたのでしょう、公爵夫人を。
「そう。アリスちゃんね。見れば見るほどうちのウサギちゃんそっくりぃ。薔薇の鉢植え運びなんてさせとかないで、ここに残しとけば良かったわ」
どうやら白ウサギは肉体労働に従事させられているようです。
「アリスちゃん、ウサギちゃんと一緒にバニーコート着て写真撮る気ない?」
「バニーコート!?」
「ウサギちゃんにはこないだ仕立てた白いのがあるんだけど、お揃いのデザインで黒いの作ってあげるから。もちろんウサ耳のカチューシャもね。どう?」
公爵夫人の提案にアリスは嫌が――ってません。むしろ目を輝かせています。自分の事はさておき白ウサギのバニー姿(と書くと何か変ですね)に食いついているのは明白です。
「喜んで!」
「よかったわぁ。じゃ、細かいコトは後でね。あたし女王様とクリケットしてくるから♪」
そう言うと公爵夫人はさっさと応接間から出て行ってしまいました。
「あ、あのー、俺どうすれば……」
アリスはたった一人取り残されてしまいました。
「んじゃ、アンタどーしたいの?」
いえ、一人ではありません。デカい猫がいました。
「俺としては白ウサギさんを捜しに行きたいんだけど」
別に公爵夫人が帰ってくるまで待つ必要は無いのです。先に白ウサギを捕獲できれば、その方が口説く時間が増えてアリスにとって都合が良いんですからね。
「あのー、猫さん、で良いんだよね?」
「由緒あるチェシャ州のお猫サマであるこのオレのどこが猫以外の何かに見えんのよ?」
「自分でそう名乗ってるところからして怪しいよ……」
アリスはそう言いましたが、チェシャ州のお猫サマ、略してチェシャ猫は意に介さずニヤニヤと笑うだけです。
「で、チェシャ猫さん。君は白ウサギさんが何処に行ったか知らない?」
「アンタはどこ行ったと思う?」
「だから、わからないから質問してるんだけど……」
「なら、アンタが好きなとこに行きゃーいいじゃん」
アリスは頭を抱えました。全く話になりません。流石は公爵夫人の飼い猫です。
「あれ? 俺目がおかしくなった?」
気がつけばチェシャ猫の胴体の半分が消えていました。思わず目をこすったアリスですが、チェシャ猫の見た目に変化はありません。
「別におかしくなってはないと思うよ? ほれ、オレの腹にストレートかましてみ?」
「はぁ……」
アリスは言われたとおりにチェシャ猫のお腹を殴ってみました――が、拳はスルリと抜けてしまいました。
「ほ、ほんとに消えてる!? 何でそんな事できるわけ!?」
「そりゃ、オレがチェシャ州出身だからだよ」
「答えになってないっ!」
アリスは叫びましたが、チェシャ猫はお構いなしに自分の身体のパーツを次々と消していきました。そして最後にニヤニヤ笑いだけ残したのですが、それもじきに消えてしまいました。
「……何このオカルト現象」
それを言うなら白ウサギを目撃した時点でそう思って欲しいものです。
話は成り立たなくなりますが。
さて、今度こそ本当に独りになってしまったアリスは公爵夫人の館を出て白ウサギを捜すことにしました。とは言えあては全くありませんから、自分で予測を立てて行動するより他はありません。
「正門からは出て行ってないよね。だったら門番が気づいてるはずだし」
恐らく館の背後にも広がる庭園のどこかに裏口があるのでしょう。アリスは手近なバルコニーからそっと館の建物を抜け出しました。
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