INTEGRAL INFINITY : extrastars

【New Love 02】

2010.11.17〜2010.12.28 web拍手お礼SS

 保健室から出た緑川は、菱井に告げた通り写真部の部室を訪れた。
 しかし緑川には菱井に言っていない事があった――実は、今日は活動日ではない。
 熱心な部員の中には暗室を使用するため何もない日でも部室に来る事があるが、最近の写真部に於けるそう言った面々は緑川を除けば皆、引退済みの三年生であった。
 緑川は部屋の扉を閉め暗幕を全て引くと、スツールに腰掛け限界まで膨れ上がった鞄から一冊の薄いアルバムを出した。
 表紙をめくり微苦笑を、漏らす。

 最初のページに貼られた写真には、薄暗い昇降口の下駄箱前でキスをする菱井と生徒会長の姿が写っていた。

 貯めてきた小遣い全てを注ぎ込んだ望遠レンズとISO感度の高いフィルムの賜物である。アングルは会長の背中側から。不意打ちだったのだろう、菱井の目は驚愕で見開かれている。緑川の記憶では確かほんの一瞬の出来事で、常に決定的瞬間を切り取れるよう磨いてきた己の腕前に惚れ惚れしてしまう。
 アルバムには他にも菱井と会長との密会と言うべき場面の写真の数々が貼られている。どれも緑川が偶然目撃し、撮影したものである。
 緑川はこれら以前にも、会長と恋人らしき複数の女子生徒とのツーショットをカメラに収めたが、この写真のキス以来彼女達の位置に来るのは菱井ただ一人になった。つまり、そういう事なのだと思う。
 もしアルバムの写真が衆目の眼に触れれば、学校中が騒然となるだろう。

 しかし、緑川にとってはシャッターを切る瞬間のみが全てであり、撮った写真で何かを引き起こそうというつもりは毛頭無かった。

 無論、将来写真家になると言う目標と相応の功名心はある。しかしそれらは究極の被写体で究極の一枚を撮りたい、と言う初めてカメラを手に取った時からの見果てぬ夢の為だ。
 まぁ、なかなかよく撮れた写真を仲間内に自慢したり話の種に使ったりはするけれど。
(これは菱井君の真の秘め事のようだからね)
 キスの翌日、菱井は恐らく極度に混乱した状態で登校し、緑川に会長の女性の趣味はどうなのかと言う話題を振ってきた。その後もたびたび菱井は挙動不審の様相を呈していたが、彼の一番の親友である天宮ですら事情は何も知らない様子だった。なので、緑川も自分が知っていると言う事実を秘める事にしたのだ――このアルバムと共に。

(天宮君には到底敵わないが、菱井君はボクにとってもここでの最初の友人である事だしねぇ)

 今日の事件で、天宮は或る程度菱井の事情に気付いただろう。教室を出ていく時のあの顔は、生徒会室に討ち入りに行くつもりに違いなかった。菱井にもそれを示唆したことで、きっと大きな変化があるだろう。
「――まぁ、ここからは恐らくボクには『関係のない』事になるだろう」
 緑川はアルバムを閉じ、再び鞄に仕舞った。
 明日からまた、菱井達と当たり前の日常を送る為に。

 

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 実はかなりの事実を知っていた緑川。でも言わないのが彼なりの友情(かつての酒谷とは違いますが)。彼はpolestarsシリーズに於ける家政婦ポジかもしれない。写真の構図は頂き物のイラストをイメージしました。