中間試験にはまだ時間がある今の時期、図書室を利用する生徒は本好きか暇人しかいない――前に菱井が言った台詞だ。
その、暇人の一人たる俺は、地学関係の本棚を探していた。けどやっと見つけたそこにあんのはカバーもねぇ、やたら年季の入った濃い色で無地の表紙の本ばっかで、背表紙の金文字も掠れて読みにくい。こんなんじゃ読みたい本探すのも一苦労だ。
とりあえず上の方にある本は何かな、って思って一歩下がった時、俺は運悪く真後ろを歩いていた人と衝突してしまった。
「あっ!」
「しまっ…すんません、大丈夫っすか!?」
幸い、ぶつかった相手はよろけただけで大事には発展しなかった。しかし悪い事に相手は先公だ。
「うん。熱心なのは良いけれど、今度から周囲に気をつけよう」
「はい……」
こっぴどく叱られる事を予想したけど、先公の態度が全然高圧的じゃなかった事に正直驚いた。俺の反応がおかしかったのか、その先生はちょっと変な顔をしたけどすぐに穏やかな顔つきになった。
「珍しいね。地学関係の本を探してるの?」
「はい、ちょっと星の本読みたいって思って」
「天文関係だったら上じゃなくて、下から二段目からだよ」
言われたところを見ると確かに天文の書籍があった。適当に一冊抜き出す。
「すんません、有り難うございます。っつぅか、詳しいですね」
「これでも一応、地学教師だからね。まぁ、未だ成り立てほやほやなんだけど」
そうだ――この人、今年入ったばかりだっつぅ、幸崎先生だ。
二年で地学取りてぇから名前だけは憶えてたけど、この先生と直接話すのは勿論初めてだ。相手の正体が判ると俺は何となく緊張した。
「君、天文に興味あるの?」
「あ、はい」
「そうなんだ。星って知れば知るほど面白いよね」
きっとこの先生の授業は凄く面白い。根拠はねぇけど殆ど確信だった。
「だから来年、俺絶対に先生の授業選択するつもりなんで」
俺が言うと、幸崎先生はホントに嬉しそうに笑った。
持ってきた本は高校生が読むようなもんじゃねぇレベルの難しい宇宙論で、はっきり言ってミスチョイスだったけど、どっちにしろ文面にあまり集中してなかったから同じ事だった。俺ん中では名前という情報だけだった幸崎先生の存在が、急に輪郭を持ったせいなんだろう。
幸崎先生って学校出たてだから、すげぇ若いんだな。当たり前だけど。でも穏やかで年よりもずっと落ち着いて見える。
この人と、俺自身が一緒に星の話ができたら。そんな事を空想した。
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