『ウェイターは当日黒のスラックス持参、シャツは制服のものを流用。蝶ネクタイとエプロンは費用を抑えるために各自自作』
「……正直、蝶ネクタイは何か違うと思う」
「そうは言いながら北斗、なかなか上手にできてたじゃん」
俺は、文化祭当日ウェイターをやることになってしまった。なのでこうして放課後、ウェイター用のエプロンを制作している。クラスの女子から借りたハンドミシンと言うヤツは物凄く扱いづれぇ代物だけど、やっと慣れてきたところだ。
「菱井の壊滅的な不器用さにゃ驚いたがな」
「いーんだよ、男に裁縫の才能は要らねーんだよ」
菱井は、文化祭パンフレット用の原稿に近所の店の広告を張り込んでいる。何でも「スポンサー企業」だそうで、わざわざ電話かけて広告を集めたらしい。委員に当たんなくて良かったな、俺。
実行委員の仕事がある菱井もウェイター役だ。けど家庭科の成績は最悪っつぅ本人の宣告通り、蝶ネクタイからして謎の物体に成り下がっちまったため、俺がエプロンも含めて二人分作る羽目になった。普通なら「母親に頼めよ」っつぅとこだけど、この際だから思い切り恩を売りつけ、文化祭までの放課後飲食代を全て菱井持ちにしてやった。いや、そもそも被服の授業がねぇ男子に手作りさせんのは酷な話なんだけど。
「そうだ、北斗北斗。前に言ってたやつのオッズ確定したんだよ」
「前、って?」
「天宮南斗の恋愛対象は誰かレース」
「はぁ!?」
おい、まだあの話生きてたのかよ。いやそれよりオッズ、ってことは――
「まさか金賭けてんのか!?」
「一応、うちのクラス内にしか持ちかけてねーから」
「いや問題はそこじゃねぇから! 俺全然聞いてねぇんだけど!」
「だって北斗には黙ってたし。ジャッジが賭けに関わってたら不公平じゃん」
ひ、菱井の奴、いつの間に……。
「しかも俺が南斗から聞き出す事確定かよ。菱井自分でやれよ」
「そりゃー、向こうに名前は憶えられてるけど、別に親しいわけじゃないんだぜ。いくら淡白な関係でも、兄弟のお前の方が適任だろーが」
「その淡白っつぅのはやめてくれ、頼む」
「まーとにかく、見ろ。参加者からのリクエストも追加したぞ」
菱井の見せてきた紙には、こないだ奴が妄想していた「山の手のお嬢様」だの「美貌の未亡人」だのが書かれている。しかも「バーのマダム」とか「団地妻」とか更に意味不明なのが増えてるし。
――山口副会長だけ何で個人名なんだ?
「お前ら人の肉親なんだと思ってるんだ」
そして、回答を聞き出さなきゃならない俺の立場は?
項目は全部で二十個近くある。流石に後半は近くの女子校の生徒、っつぅ感じでまともな選択肢ばっかだったけど、一番最後の項目だけはまた変な奴に戻っていた。
「この、『禁断愛』って何なんだよ」
「ああ、それ、女子が絶対に入れろって言うから入れてみた」
「いや全然回答になってねぇし」
「いわゆる『アナタの知らない世界』って奴だ。詮索すんな」
「そう言う菱井は知ってるっつぅ顔してるな」
「妹の持ってる漫画のジャンルは幅広くてなー」
菱井の笑顔は「ニヤリ」と形容するのが一番相応しく見えて、俺はこいつの忠告に大人しく従う事にした。
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