「どう、似合う?」
俺の作った蝶ネクタイとエプロンを着けた菱井は、妙に演技がかったポーズでターンなんかしている。
「ポーズが気色悪ぃから判定不能。ついでにお前は俺に来年の文化祭まで感謝しろ」
「ひでー、散々おごったのにまだ搾り取る気か」
「天宮、菱井、準備まだなのか?」
「おう、今出る」
時計を見たら、あと五分ぐらいで文化祭の開始時間だ。俺や菱井のシフトは初日午前と二日目夕方になっている。
けど正直、店名が「イケメン☆喫茶」なのはどうかと思う。母さんに大爆笑された時は恥ずかしすぎて、いっそどっかに消えちまいたい、と実は真剣に思った。
「天宮、折角だからお前が呼び込みやれ」
「えぇ!? そんなの聞いてねぇ」
「今俺が決めた。もう一人の天宮ファンを道端からかっさらえ」
「俺に南斗の『代用』やれっつぅのかよ。普通、本人見に八組行くだろ」
「いや、俺の情報筋によると、もう一人の天宮は、文化祭中は生徒会の仕事が忙しくてロクに屋台を手伝えないそうだ」
久保田の奴、今決めたとか言ってる割にやたら詳しいな――菱井の件と言い、うちのクラスの連中って人に隠れて何か企むのが得意なのか?
「久保っち、こいつ一人じゃ無理だよ。俺も呼び込みやる。北斗は王子様って言うより気むずかしいお姫様なんだから、なかなか声かけられないっしょ」
菱井……。
「って姫とか抜かすなボケ」
「痛っ!!」
「仕方ねぇなあ。確かに天宮はあんまり人と話さないもんな。中が混雑してきたら戻れよ」
久保田は一人で教室に入っていき、俺と菱井は出入り口の前に戻った。廊下を左右に見渡すと、俺達と同じ立場らしい生徒が何人もいる。
『――これより、第二十三回惣稜祭を開催致します。皆さん楽しんで頑張りましょう』
校内スピーカーから、放送委員が文化祭の開始を告げる声がした。俺達の仕事もいよいよ始まる。
「さっきは、ありがとな」
「あー、お前、天宮南斗の代わりって嫌がるっぽい、って思ったから」
菱井は俺のことをよく解ってくれている。それって凄ぇ貴重な事で、嬉しい。こいつと親友やってて良かった、って実感した。
「北斗、どうせ文化祭って他校からも人が来るんだし、この際利用すれば?」
「それってナンパの奨め?」
「そう表現されると即物的だなー。ま、その通りなんだけど。だって他校の女の子なら天宮南斗の事なんて知らないだろ」
「そうかな」
「あ、人が来たぞ」
菱井は即座に営業スマイルを浮かべる。俺も何とか奴の真似をしようと笑顔を作ろうとしたが、出来なかった。
俺達の前に最初に現れたのは、「四組の奈良さん」だった。
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