天文部に来てからもう三十分以上経ってるけど、その間他の客は殆ど寄りつかなかった。中に入ってきても写真しかねぇからすぐに帰っていく。
俺と幸崎先生は、殆どずっと二人きりだった。
「そうだ天宮君、良いものを見せてあげるよ」
「何ですか、その丸いの」
「プラネタリウム装置。これもうちの部員の制作なんだよ。すまないけど暗幕と扉を閉めてもらえるかな」
俺が言われたとおりにしてる間、先生は机を真ん中に持ってきてその上にプラネタリウムを置き、延長コードにプラグを挿した。
「いいよ、明かりを消して」
視界が真っ暗になり、次の一瞬で、天井に光の点が広がった。
「うわ……すっ…げぇ!」
「自力で回さなければならないけど、よく出来ているだろう?」
先生の言うとおりだ。やっぱ手作りだから本物みてぇに凄ぇ小さな星まで映されるわけじゃない。でも主な星座は揃ってるから上出来だと思う。
「何でこれ、宣伝しなかったんですか? 絶対人集まったって!」
「さっきも言ったけど、店番が僕だけだからね。今は、特別」
「もったいねぇ。俺、これ欲しいぐらいだよ? 部屋で見れたら最高だろうな」
絶対無理って解ってて言ったのに、先生は真面目に考えてるようだった。
「うーん、多分大丈夫なんじゃ……いや、今は無理か」
「気にしなくて全然オッケー。言ってみただけだから。代わりにもうちょっと見させて」
先生が時々回してくれる小さなプラネタリウムの映像を、俺は食い入るように眺めた。
「先生はさぁ、どの星が好き?」
「学問的な観点から、と言うなら地球が一番だね」
「何だよそれ、地学教師だから?」
「僕の専攻は地質学だったんだよ」
でも地球は一番身近な天体だよ、と幸崎先生は言った。
「光年単位の距離がある恒星はどうにも実感が薄い。星座を構成する星も、実際には互いに遠く離れている」
「でも、地球で見ると殆ど平面みたいなもんじゃん」
「奥行きの判然としない光の点の集合だね、このプラネタリウムみたいに――点と点を線で繋いで、意味を見いだした古代の人の発想は素敵だと思うよ。科学的と言うより文学的な側面により強く惹かれるかな」
そう言われると、プラネタリウムのわずかな灯りで見る先生の横顔は、理系って言うより文系の人、って印象に見える。
「先生、プラネタリウムの司会者似合いそう」
「原稿がないからすぐには試せないよ?」
「え、やってくれんの? じゃあ俺、明日も来るから」
「参ったなぁ。発表の準備って意外と大変なんだよ」
でも、先生は俺のわがままを拒まなかった。明日も俺と喋んのを楽しみにしててくれるかもしんない。そう考えると、俺の心は弾んだ。
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