INTEGRAL INFINITY : polestars

 やっぱ教科書を読むのは凄ぇ苦痛だ。わかんねぇとこ考えるの、つい放棄しちまうんだよなぁ。だからいつも、授業中に理解したとことか、読んですぐに解ったとこの問題しか解けない。
 それでも一応、自習っつぅ名目で図書室に来ているわけだから、参考書を読むポーズだけは取る。
 俺は毎放課後、図書室に通っていた。菱井はだいたい毎日付き合ってくれてるけど、今日は用事があるとかで、どっかへ行ってしまっていた。

「――試験勉強かい?」
 突然、背後から机の上に置かれた掌。
 勿論、振り返らなくても声だけで判る。だから丸めたままの背筋が緊張した。
「偉いね、北斗君?」
「幸崎先生、本探しに来たの?」
「ああ。リクエストしていた本が届いたって連絡があったからね」
 ようやく俺が先生の方を向くと、先生は右手に持っていた本の表紙を見せた。「石の思い出」って書いてある。
「やっぱ地学の本なんすね。でも自分で買わねぇの?」
「本って自分で買うとかなりのお金と保管場所が必要だからだよ。貧乏教師にはちょっと、辛い」
 先生は困ったように笑った。確かに、南斗の本棚も今にも溢れそうだったしな。
「勉強の調子はどう?」
「……ぼちぼち、って言うか」
 いや、実は何が何だか。元素記号が脳内を踊り狂って訳わかんねぇ状態。そんな事恥ずくて先生にゃ言えねぇけど。
「ふぅん、化学か。解らないところは無いかい?」
「え、先生に訊いても良いの?」
「鉱物学でも元素記号を扱うしね。化学でやることは地学を理解する上で役立つから、それなりには教えてあげられるよ」
 うわ、何てラッキー。今日、偶然化学の教科書開いててマジで良かった。
「じゃあ、ちょっと質問していい? あ、でもここだと他の人に迷惑かも」
「そうだね、移動しようか」

 先生は俺を連れて図書室を出て、理科棟にある地学準備室に入った。ガラス戸棚に整然と並んだ鉱物標本や、棚の上に置かれた天球儀がいかにもそれっぽい雰囲気を醸し出している。
 俺は勿論、ここに来るのは初めてだ。っつぅか、大半の生徒はこの部屋とは無縁なんじゃねぇだろうか。
 奥には職員室にあるような机とパイプ椅子が幾つかあった。俺は自主的に、二つの椅子を組み立てる。
「じゃ、早速教えてよ、先生」
「了解。解らないページ開いて」

 俺と先生は、それから一時間ぐらい化学の勉強をした。第一印象で思ったとおり、幸崎先生は凄く教えるのが上手かった。専門教科じゃないってのに、的確に理解のコツを教えてくれた。おかげで脳内の元素記号乱舞はすっかり収まっている。
「俺、化学の成績上がるかも。そしたら先生に何かお礼しねぇとなぁ」
「そう? 教師としては、それだけでも十分お礼代わりになるんだけど」
「まぁ、中間終わったら驚かせるつもりだから」
 俺の表現はかなり遠回しだったから、天文部への入部を希望してるって事は先生にゃ伝わってねぇと思う。期待してるよ、って言ってくれる先生の微笑みを見て、嫌いなはずの試験が待ち遠しいとさえ思えた。

 

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 「石の思い出」は最近新訳版が出ました。うちにもあります訳者様のサイン入りで。ヒャホー。……いや偶然だったんですがかなり。幸崎にも言わせてますが、ハードカバーってモノによっちゃ信じられないぐらい高いですよねぇ。この本はそうでもないですが、「大聖堂の秘密」なんて購入決心するまで随分かかりましたよ(いやだから何でそんなもの買うよ、というのは、実は百合モノ書いたときにモチーフにしたからです)。「化学の結婚」は諦めたかな確か。