試験は試験だ。変わった事なんて起きるはずがねぇ。
けど、最終日の最後の試験科目だった化学だけは、明らかにいつもと違った。
「あーっ、やっと終わったなぁ、菱井」
「うぇー、全くだ。これで平和な学園生活に戻れるぜ」
「今日の自己採点やる?」
「そだなー。じゃあ、ファミレスでメシ食いながらやる?」
俺達が話しているのを見て、久保田が寄ってきた。
「おい、文化祭の打ち上げ、今日やるぞ」
「あ、忘れてた」
「おいおい、菱井お前実行委員なのに。頼むよー、全員参加のつもりで俺のバイト先、予約取ってんだからな!」
うちのクラス、面倒がりなのにこういう時の結束は固いらしい。一人も欠けることなく久保田のバイト先のカラオケボックスになだれ込んだ。流石に全員同じ部屋は無理だから何部屋かに別れてだったけど、途中で互いの部屋とメンバー入れ替えしたりして、夕方まで馬鹿騒ぎを楽しんだ。
帰りは菱井と二人だった。結局また中間の話題に戻って、やっぱ晩飯食べながら自己採点しようってことになった。
「北斗、妙に自己採点にこだわってんな」
「ふっふっふ。だって化学の点数早く知りてぇもん」
「うわっ、何か嫌みだコイツ」
「何とでも言え。今回かなり点数良いかも」
「きぃーっ! 恐ろしい子!」
菱井はわざわざハンドタオルを出して、噛みながら引っ張って見せた。こういうとこ、こいつはふざけてるっていうか、ノリが良いっていうか。最近、時々疲れた顔してるみてぇだけど、この様子じゃ俺の気のせいかもしんねぇな。
菱井はそのタオルをぎゅうぎゅう引っ張ったまま、俺の肩の向こう側を凝視していた。
「――天宮南斗」
「やあ」
南斗は一度家に帰ってからの外出らしく私服だった。自転車から降り陽が沈んだ直後の夕焼けをバックにして、完璧な微笑み。これで俺と同じ顔なのかってぐらい絵になる。このシチュエーションさえこいつの演出なんじゃねぇのか、って錯覚しちまうぐらい。
今みてぇに、南斗の態度や言動全てが作り物めいて見える事が良くある。
俺が普段の南斗にあまり感心無くて耐性が無いからなのか、それともお互い悪ガキだった頃の記憶と今の優等生の印象にギャップがあるからなんだろうか。
「北斗、菱井君、今やっと帰り? 何処かで遊んできたの?」
南斗の視線は菱井を向いている。
「俺らのクラス、今日試験終了のついでに文化祭の打ち上げやってたんだよ」
「ああ、一組全員なんだね」
「南斗は何処行くんだ?」
「俺も帰りだよ。駅前の本屋に行ってきた」
そういや、南斗は俺達の後ろから追いついてきたな。籠には確かに、本屋の紙袋が放り込まれている。しかもかなり分厚い。
「何これ、漫画?」
菱井、購入者に無断で紙袋に触ろうとしている。お前のしつけはどうなってんだ?
「違うよ。理科関係の本」
南斗の答え、と言うか理科という単語に恐れをなしたのか菱井は手を引っ込めた。
「俺も自転車を押していくから、一緒に帰ろう?」
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