自転車が停まったのは鯛焼き屋の前だった。
「急に食べたくなったんだ」
南斗は照れくさそうに笑っている。俺もこいつもガキの頃から鯛焼きは好きだ。
「言っておくけど奢らないよ? 本買ったばかりで余裕無いんだ」
「ちぇ。この貧乏人め」
そういう俺もカラオケで浪費したばかりだけど、自分のことを棚に上げるのはこういう時のデフォだよな。
「すいません。粒あん一つ」
南斗が注文したのはオーソドックスな奴だが、この店の鯛焼きの種類は多い。俺は何食うかな――決めた。
「俺、ウィンナーチーズ」
受け取った鯛焼きは熱々だ。ラッキー、焼きたてに当たったみたいだ。これ、チーズが溶けてた方が旨いからな。
俺らは自転車を停めてある場所でそのまま立ち食いすることにした。
南斗は俺が買い終わるまで食わずに待っていたらしい。こういうのは即食った方が良いのに、律儀というか馬鹿というか。
「いただきます」
……俺は買い食いの時はいただきますなんて言わねぇぞ。
「あふっ」
ウィンナーから出てくる肉汁の勢いに思わず声が出る。これ、これが好きなんだよ。
「よくそんなの食べるね……」
「そうか? 結構イケるぜ」
「だってそれ、全然鯛焼きっぽくないじゃないか。前からこんなの食べる人いるのか、って思ってたけど」
「俺はいつもこれかお好み焼き風のどっちかだぜ」
そう言いながら俺がウィンナー入り鯛焼きを食いちぎると、南斗は凄ぇ嫌そうな顔をした。と、思うと、神妙な顔つきになる。
「北斗がその鯛焼きを初めて食べたのっていつ?」
「んー、中二になってすぐぐらい?」
「――俺、そんなことも知らなかったんだね」
今更だ、と思った。
中二の春には既に、俺らは家から出たらほとんど互いに干渉しなくなってたはずだ。
「母さんの手料理以外の何が北斗の好物なのか、家に帰る前は何して遊んでるのか、俺の認識って小学生ぐらいの情報で止まってる」
「俺だって同じだよ」
「北斗。俺達って兄弟だよね?」
「何当たり前の事言ってんだよ……」
何となく会話を続けづらくなって、俺らは黙って鯛焼きの残りを食べた。
そして思うのは、俺らの間の距離感。
双子でありながら互いに遠い、っつぅ状態が、文化祭あたりから微妙に変わってきている。
俺だけの世界が安定し、南斗には南斗だけの世界が在ることが発覚した今、俺らは小学生の頃のような、普通の兄弟に戻り始めているのかもしれない。
prev/next/polestars/polestarsシリーズ/目次