――あれ?
俺が、幸崎先生と話してる?
「先生。冬は合宿どうしますか?」
「うーん、クリスマスと大晦日の間ぐらいに一泊がせいぜいかな」
「それじゃあ、あまり時間無いですね」
「冬だからね。何日も外で天体観測をさせて風邪を引かせるわけにはいかないよ」
幸崎先生の穏やかな笑顔に対して、先生と部活の予定を話し合うのが楽しくて仕方ない、って想いが端から見ても解るような表情を浮かべて、声も弾んでいる。
でも、違う。
俺は髪をアッシュブラウンに染めてるし、左耳にはストーンの入ったイヤーカフスを着けている。俺はカット以外いじってないような黒髪じゃないし、制服をきっちりと着込む方でもない。背筋も普段はあんなに真っ直ぐ伸ばさない。
俺じゃない。
俺じゃない。
――俺じゃない!!
「なん……と……?」
俺の呟きに、二人が振り返る。最初幸崎先生は驚いて、それから隠し事を見つかった子供みたいな表情になった。
南斗と喋ってたことを、俺だけには知られたくなかった、とでも言いたげに。
気が付いたら左手の力が抜けて、入部届が準備室の床に落ちた。俺が動けねぇでいる隙に、それを南斗に拾われる。
「まさか……北斗が入部したいの、って、天文部だったのか?」
「そうだよ……」
次の瞬間、俺の背中は標本棚に叩きつけられた。
「許さない――絶対に許さない!!」
背中が痛くて息苦しいのに、南斗に喉元を押さえ込まれてるって認識するまでかなり時間がかかった。それぐらい信じられなかった。家族にだって優等生の笑顔ばかり見せる、あの南斗が怒り狂った瞳を俺に向けてて、そこに映った俺自身の目は瞬きすら出来ず大きく見開いている。
先生は南斗を止めようとしてるけど、声は俺には届かない。俺の聴覚が拾うのは戸棚のガラスが鳴る音と南斗の怒りの声だけだ。
「天文部は俺の……俺が作った、俺だけの世界なんだ! 北斗は来るな、お前は、お前だけは星のことに入ってくるなぁっ……!!」
気が付いたら、身体だけが動いていた。
頬を殴られた南斗は俺と先生が勉強したあのデスクに叩きつけられ、勢いのまま床に崩れる。
「南斗君っ!!」
やっと、かすかに聞こえた先生の声は、準備室を飛び出した俺にじゃなくて、倒れた南斗に掛けられたものだった。
ただそれだけの事実が、俺の心に大きなヒビを入れた。
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