「北斗にもう何にも残ってないって嘘だよ」
菱井は俺の背中をさすりながら言った。俺はまだ顔とか挙げられなくて、赤ん坊みたいに菱井にしがみついたままでいる。
「俺らの年齢で、はっきりした将来像とか決めてる奴なんてそういないんじゃねーの?」
人生下手すりゃ百年じゃん、と菱井は笑った。
「無くなったって思うんなら、今から本気出せば良いじゃん。結果として北斗の今好きな星かもしれないし、全然違うものかもしんないけど、全力で掴んだものは間違いなくほんとのお前のだよ」
菱井の口調はどこまでも優しかった。だからかえって、今こいつが俺に大切なことを伝えようとしているのが解る。
普段は馬鹿ばっかりやってんのにな。いきなり人生の先輩みたいなこと言い出しやがって。
「まー多分、お前その気になったら何でも出来るよ。だって明らかに手を抜いてるもんな、勉強も」
「は?」
「やっぱ自覚してねーのな。全然勉強しないで平均点って普通、驚きよ? 俺は手を抜いたら全教科赤点になる自信あるぜ」
それは自信って言わねぇだろ、絶対――しまった、思わず心でツッコミいれちまった。
「北斗。お前ひょっとして、天宮南斗に一旦差を付けられてから『勝てないものは仕方ねぇ』って諦めてなかった?」
俺は驚いて顔を上げた。菱井に言われたことは正に図星だったからだ。菱井はめちゃくちゃ真剣な目をしていた。
「俺ね、何で北斗に興味持ったのかって知ってる?」
「知らねぇ……わざわざこっちから訊くことじゃねぇし」
「お前、昔の俺に似てたんだよ。俺も身近にすげーデキる奴がいて、それはもうしょっちゅう比較されてたわけ。小学校に上がった頃には諦めを覚えたね、俺は」
だから惣稜に入って、南斗のことを色々言われて嫌そうにしている俺を見て、菱井は何だかピンときたらしい。似たような経験から来る親近感、って言うのか。
「俺の場合は向こうが親の転勤で一度海外に出ちまったからな、高学年の頃には全然気にしなくなってたけどさ。お前らの場合兄弟だし、北斗は相当ひねくれて育っちまったっぽいなー」
「悪いかよ、ひねくれてて」
「悪い。周りもっと見てみなよ。久保っちとか、一組の男はだいたいお前はお前として見てるぜ、北斗が気付いてないだけで。女子については責任持てねーけど」
俺は文化祭や打ち上げの馬鹿騒ぎのことを思い出した。そういや、入学して最初の頃はクラスの連中と会話するのも嫌だったけど、最近そういう事を全然気にしなくなってるのに気付く。
「お前の言うとおりかもな――俺、何でも良いから、とにかく頑張ってみるよ」
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