俺と菱井の帰る帰さないの押し問答がちょっと続いたあと、菱井は忘れてたことを思い出した、って感じに小さく叫んだ。
「俺の家、危険かも」
「危険、って?」
「お前の帰り遅くなったら、多分この家に天宮南斗からの電話が来る」
そうだ、南斗は俺と菱井が親友だって知ってるんだ。でも、他人の電話番号まで教えたつもり無ぇんだけど。
「一組のクラス連絡網。親に渡してあるんだろ? 下手したら押し掛けてくるかもしれねー」
意外な落とし穴だった。あの連絡網には保護者の氏名や住所まで書いてある。個人情報が何かと問題になってる今、そんなもんまで載せんなよ、って感じだ。
「駅前の店は最近見回りあるからな。とにかく、天宮南斗に絶対にバレない潜伏先にしねーと――あ、アイツなら……いや、それは。でも……」
菱井は小声でぶつぶつ呟きながら迷っているみたいだった。何か、悲壮な表情だ。
「菱井、何か困ることなんだったら無理すんなよ。俺自分で何とかするよ」
「いや、覚悟決めた。天宮南斗にゃ絶対思いつけねーウルトラC、お前のためなら使ってやるよ」
「北斗。先に出て向かいの公園で待ってろ」
「わかった」
俺は菱井の家族に挨拶して、言われたとおりに外の公園で菱井を待った。あいつは暫くしてからスポーツバッグと学校の鞄を両脇に抱えて出てきた。
「さっき向こうに電話して話はつけてきた。親いないから一泊しても良いってさ。じゃ、行こうぜ」
「何、その荷物」
「俺も泊まるから。北斗が知らない奴の家で、お前を一人になんてしておけねーよ」
「なんか、面倒見良すぎだな」
「嬉しいだろ?」
「ああ――」
もう言葉にはしなかったけど、菱井に感謝したのは今日何回目だったかな。俺からのおごりの予定回数、増えすぎてもう数えらんねぇな。
――一体何なんだ、このえらく高級そうなマンションは。
「本当にここでいいのか?」
「このエントランスまでは来たことあるから、大丈夫だと思う」
菱井も緊張しまくった顔で、部屋番号を入れてインターフォンを押した。
『はい。小野寺です』
スピーカーから聞こえてきたのは俺らと同年代ぐらいの男の声だ。どっかで聴いたことがある気がする。
「優、俺だけど」
『良介か。今開ける』
ぴっちり閉じていたガラスのドアが自動で開いた。俺らは異常にびくびくしながら「潜伏先」へと続くエレベーターに乗り込んだ。
菱井が部屋の前にもあるインターフォンを押すと、すぐにドアが開けられた。
「よく来たな」
どっかで聞いたことある声だったので、思わず顔をじろじろと覗き込んでしまう。
「お前か。天宮の片割れ、って言うのは」
「か、会長!?」
部屋の主は、何と我らが惣稜高校の小野寺生徒会長だった。
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