小野寺会長はご両親の部屋を使え、って言ってくれたけど、流石に人様の親のベッドを使うわけにゃいかねぇ。俺らは会長からの申し出を丁重に辞退して、この一晩はリビングで世話になることにした。
晩メシは事前に近所のコンビニで買ってきてたから、会長に余計な迷惑をかけなくて済んだ――本当に、マンションに着く直前に買い物思いついて良かったよ。
「シャワーだけ借りても良いか?」
「ああ」
「ってことで許可貰ったから。北斗、いい加減顔洗ってすっきりしろよー」
言われて初めて、俺は自分が泣きっぱなしだったのに気付いた。そしたら途端に顔面が気持ち悪くなる。
「ほれ、着替え。下着はお袋が買い置きしてた俺のやつだけど、ちゃんと新品だから」
使用済みとか言われてたら殴るところだ。
「……っつか菱井、用意良すぎ」
「ここで会長に『服貸してやる』とか言われたくねーだろ?」
「確かに」
たとえ新品でも、あの会長から借りたら着心地も居心地も一気に悪くなりそうな気がする。後でこっちから買って返すのがやたらと恥ずい、っつぅか。同じ行為でも菱井相手なら全然平気なんだけどな。
日付が代わっても、本当に南斗からの電話は掛かってこなかった。
菱井は、会長は約束だけは必ず守る人だと断言した。文化祭実行委員になるまで絶対に近寄るまいと決意していたらしいけど、幼馴染みだった過去のおかげなのか、菱井はかなり会長の事を理解してるんだと思う。
「今夜のことと、それを黙っててもらうことは俺がきっちり約束させたから。北斗はもうゆっくり寝ろよ」
ソファの上に毛布を被って横になると、俺は酷く疲れてるのを自覚した。
一日がマジで長かった、と思った。入部届けを持って地学準備室に行ったのが随分遠い事のように感じられた。
けど目を瞑ると、南斗が怒鳴った時の顔が否応なしに浮かぶ。それに、幸崎先生と楽しそうに話してた時の自然な笑顔も。
両方とも中学に上がって以来、俺が見たことのない表情だった。学年首席の生徒会役員でも女子達の王子様でもない、俺の全然知らない「天宮南斗」。
あいつはそれをどれぐらい幸崎先生に見せてんだろう。
間違いないのは、俺が先生に見せた「天宮北斗」以上ってことだけだ。
「南斗が好きなのって……」
「え、何? 北斗何か話しかけた?」
「――なんでもねぇよ」
南斗は後夜祭の時、好きなのはどんなことがあっても告白できない相手だと確かに言った。秘密にしてるその片想いが、南斗を支えるあいつ自身の世界。
そしてあいつの世界は、天文部と同一。
これ以上考えたくない、って思う以前に疲労が勝った。俺の意識は糸が切れたように突然、眠りの世界へと落ちていった。
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