携帯のアラーム機能も使わなかったのに、朝は自然に目が覚めた。時計を確認すると、いつもよりずっと早い時間――人生初の快挙、って言えるぐらいだ。
ガラステーブルを挟んだ向こう側のソファで寝ていたはずの菱井は、見事にソファからずり落ちて床の上で眠り込んでいた。
「菱井。朝だぞ」
もっと手間がかかると思ったけど、予想外にも菱井はすぐに目を開けた。凄ぇ疲れた顔をしている。固いフローリングの上で長時間寝てたんだとしたら、当然だな。
菱井は身体を起こし、立とうとしたが呻いただけで終わった。
「腰、痛ぇ……」
「ソファから落ちたからか?」
「多分。その時腰捻ったのかも」
「ある意味器用すぎ。せいぜい3、40cm程度だろこの高さ」
30cmぐらいの深さの水かさがあれば人間溺れるのに十分らしいけど、ぎっくり腰も似たようなもんなのかな。
俺が菱井を助け起こそうとしてると、小野寺会長が現れた。既に制服に着替え済みとは流石だ。いや、髪に寝癖とかついた会長なんて、なんかあまり見たくないんだけど。イメージ的に。
「おはよう。良介、天宮」
「おはようございます、会長」
菱井は渋い顔を会長に向けたまま、何も言わなかった。さっきの会話を会長に聞かれたと思ったんだろうか。菱井、会長にはあまり弱み見せたく無さそうだもんな。この状況を恥だと思ってるのかもしんねぇ。
俺らは不覚にも朝メシのことをすっかり忘れていた。結果、今目の前に会長手作りの朝食が並んでいる。見た目はやや豪快なサラダと目玉焼き、それにトースト。
もう、恐縮するしかない。
「俺は先にここを出る。お前達は俺が出て三十分経ったら学校に行け。鍵の管理は良介に任せる」
「あ、じゃあその間に俺らが食器とか片づけときますんで。な? 菱井」
「……了解」
菱井は仏頂面のままだったが、頷いた。こいつ、たかだか間抜けなぎっくり腰理由が発覚したぐらいで、ちょっと落ち込みすぎな気がした。
会長が学校に行った後、俺は食器を洗い、菱井は俺らが散らかした――って言うほどじゃねぇけど、乱してしまった部屋をきちんと戻してからマンションを出た。
誰かに目撃されて会長と結託したことがばれるのを防ぐため、登校ルートはかなり大回りにせざるを得なかった。けど早起きのおかげでそこそこ余裕はある。
途中、携帯が鳴りだした。ユーロ系の洋楽は、録音するとこから菱井が自分で作った、って前に聞いた事がある。
「もしもし――何だ、優かよ……え、うん。解った、北斗に言っとく」
「今の電話、会長?」
「ああ。天宮南斗が昇降口で待ち伏せしてるのを見た、って。北斗、どうする?」
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