予想外だった。
俺は南斗から逃げることだけ考えてて、第三の当事者・幸崎先生の動向について全く考えちゃいなかったのだ。
「天宮……?」
久保田や橘が俺らを不安そうに見ている。そりゃあ、教科担当でもない先公が、今日のこのタイミングで俺を呼びに来たんじゃな。
大丈夫だから、という気持ちを込めて、俺はみんなに向けて敢えて笑顔を作った。
幸崎先生は最初、地学準備室に行こうと言ってくれたけど、俺は首を横に振った。先生が話してぇのは間違いなくあの部屋で昨日起きたことについてで、だからこそ準備室にだけは行きたくなかった。
「どこにする?」
「――内緒話は、やっぱり屋上がセオリーかな。その前に、ちょっと購買まで付き合ってくれないか」
当たり前かもだけど、購買まで行くあいだ、俺らは互いにずっと黙ったままだった。
先生は自販機で缶コーヒーを買ってくれた。文化祭で話してたとき、俺が話の流れでたまたま好きだと言った銘柄を、先生は迷わず選んだ。
「憶えててくれたんだ」
勿論だよ、と先生は小さく笑った。
屋上の風は流石に冷たかった。俺はホット缶を両手の手のひらで転がしながら、幸崎先生の言葉を待った。
「北斗君。本当にごめん」
先生も多分迷ったんだろうけど、結局、話の切り出しは直球ストレートの謝罪だった。
「僕が何も言わなかったせいで、結果的に君を傷つけた」
「先生は、俺のと南斗のと、両方の約束を守っただけじゃん……」
「文化祭の時点で、いつかこうなると予想がついていたんだ。回避する方法はきっとあったはずなのに」
先生は俺が天文部に入りたがってるのを判ってたらしい。俺、先生に来年は地学取るって宣言してたし、二日連続で天文部の展示を見に行ったからバレバレだったんだろうな。
「それって先生が南斗を説得してくれてたかも、ってこと? それとも俺が天文部に入るのを事前に諦めさせてた、って事?」
先生は答えない。
「南斗が天文部作った理由って、先生は当然知ってんだよね?」
「彼は、自分の家では星が見えないから、って言っていたよ」
「それ、嘘だよ」
俺らの家から見える星空と学校から見える星空に、大差なんて殆どねぇ。南斗は単に俺に知られたくなかっただけなんだ。
「どんな口実であれ、南斗君にはどうしても天文部が必要だったんだ。僕の目から見て、部活中の彼は痛々しいぐらい真剣だった」
それを聞いて、ああ先生の中で南斗の存在って凄ぇハッキリしてんだな、って思った。
だからこそ、これだけは訊いておきたかった。
「先生は、南斗の気持ちって知ってる?」
「――知っているよ」
それだけで十分だった。俺はすっかりぬるくなった缶コーヒーを開けて一気に喉に流し込んだ。
むせた時の涙で、全部誤魔化してしまえるように。
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