どうやって学校を出たのか、もう憶えていない。
「――ただいま」
「北斗、北斗なのっ!?」
俺が家に帰ると、母さんが玄関先まですっ飛んできた。
「昨日はいったい何処に行ってたの!? 連絡なしに飛び出したりなんかして!」
「別にいいだろ」
「良くないわよ。南斗が昨日どれだけあなたのことを探したのか解ってるの!?」
解ってるさ。久保田たちから聞いてたしな。ってか親は探さなかったのかよ、俺の行方。
「まったく、あなたって子は……もう高校生なんだから、少しは南斗を見習いなさい」
いつもは聞き流せてた母さんの言葉が、もう俺には我慢できなくなっていた。
「どうせ母さん達にとっちゃ俺は南斗のハズレなんだろ。だからもう俺に構わなくて良いよ」
思っていても決して言わなかった言葉が口から出た。
「北斗……!?」
俺の肩に触れようとした母さんの手を、俺は叩き落とした。
自分の部屋に入って内側から鍵を掛ける。意識した事無かったこの構造に、俺は初めて感謝した。
母さんは暫くドアを叩いていたけど、やがて諦めたようで静かになった。
俺はベッドに寝転がって天井を見つめていた。他に何をする気も起きなかった。
突然、ドアの向こう側から、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
「北斗、北斗!!」
母さんの時よりずっと激しい、ドアを叩く音。仕方ないので俺はそっちに近寄る。
「……南斗。うるせぇよ、ドア壊れるだろ」
南斗はドアを叩くのを止めたけど、俺はあいつを部屋に入れるつもりは無かった。
「ごめん……本当にごめん。俺が悪かったから」
「そこは認めるんだ?」
「だって昨日北斗が帰ってこなかったのも、今日一度も顔見させてくれなかったのも全部そのせいだろう?」
「天文部、お前が創ったんだってな」
声が小さくて聞き取れはしなかったけど、南斗は多分「どうしてそれを」って呟いたに違いない。
「俺、知ってんだよ。お前が部長だって事も、俺に絶対に知られないようにしてほしい、って関係者に言ってたって事も。何で?」
「それはっ……!」
「俺だってずっと星が好きだった。南斗、そんなに天文部を独り占めしたかったのかよ。同じ顔の俺によそ見されるかもしれないのが怖かった?」
自分のことを棚に上げてる自覚はあった。だからこそ、その上で南斗を責める言葉が止まらない。俺と同じ事考えて、ちゃんと叶えることができた南斗が羨ましくて憎くて、何より自分自身が情けなくてたまらなかった。
「違う! 北斗、言ってること解らない」
「じゃあ、お前が天文学始めた理由、言えよ――出来ねぇんだろ?」
「俺、は……」
「俺は、南斗のスペアじゃない」
そう、幸崎先生が文化祭の時に俺に言ってくれた。あの時の先生が誰を見てたかなんて関係なく、今でも俺にとっては大切な言葉だった。
今までの卑屈で何の努力もしなかった俺自身は、もう捨てなきゃなんねぇんだ。
「だから、俺は俺を『天宮北斗』として見てくれる奴らと居る。お前なんか、ホントにもう関係ねぇから」
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