こういうのも「グレる」って言うんだろうか。
俺は家ん中じゃ必要最低限以下ぐらいしか喋んなくなった。あんま家族と関わりたくねぇって思ってたし、家にいる間は殆ど自分の部屋に閉じこもっていた。
やっぱ拒絶の態度って向こうにも伝わるらしくて、最初は俺にあれこれ尋ねてた父さんも母さんも、反応の無い俺の扱いに困って話しかけるのをやめてしまった。
一回だけ俺から話しかけてマトモに会話したけど、それはバイトの許可貰うのと同意書を書いて貰うためだ。菱井んちの斜め向かいにあるコンビニがバイトを募集してたから、やってみる事に決めた。
それ以外、特に変わったことは無い。
別に登校拒否の引きこもりになったわけじゃねぇし、連日夜遊びして家に帰ってこねぇ、って訳でもない。自分の可能性を探すための行動だからで、不良になりたいわけじゃねぇから親も強く文句言えないんだろう。
逆に、学校での俺は前よりずっと積極的に他人と喋るようになった。いったん俺自身が持ってた偏見が無くなっちまえば、菱井以外の連中とも余裕で楽しくやっていけるんだ、って事に気付いた。
女子にもこんな事を言われた。
「天宮君って最近変わったよねー」
「ほんと、明るくなった、って言うか、二学期入った頃って、菱井君以外には懐いてない感じだったけど」
「何だよそれ。俺って動物扱い?」
「例えよ、例え。それにあたし達も楽しいし」
天宮君きっと人気出るよ、だなんて生まれて初めて言われて、ちょっと照れた。
学校が楽しいと勉強も楽しくなった。これもきっと、心境の変化の一つだ。バイトねぇ日は授業で習ったとこの復習したりするようにもなった。今までは、ちょっとつまづきゃすぐにそこんとこ放棄してたけど、じっくり考える習慣をつけたら、山を乗り越える度に凄ぇ嬉しくなる。調子に乗って中学ん時の教科書まで遡って読み直した。
――南斗は。
あいつだけは親が諦めても俺と普通に接しようとする。まるで、そうする事で俺らの関係、元に戻るって信じてるみてぇに。
けど、俺は地学準備室で南斗にされた事、言われた事を全部憶えているし、四年近く目を背けてたあいつに対するコンプレックスと負けたくねぇって気持ちを、今じゃはっきりと自覚しちまっている。
だから俺は、南斗との仲を修復したいなんて思わねぇ。南斗に負けちゃいないって堂々と胸を張って言えるようになるまでは、あいつとは距離を置いとくべきなんだ。
母さん達が俺に話しかけらんねぇから、メシとかの用事で俺を呼びに来るのは南斗の役目になった。
「北斗。夕飯できたって」
「――ああ」
俺が鍵を開けて部屋の外に出るまで、いつも南斗は待っている。そして俺の顔を見るとホッとした表情になる。
たぶん南斗は、俺が絶対にドアを開けなかったあの日のことを考えてる。
「ねえ、北斗」
「後にして」
何か話題を振ろうとする南斗をばっさり斬り捨てる瞬間は、正直なとこスッとする。俺と違ってアタマから否定されることに慣れてねぇ南斗の眉根はその都度、歪む。けどあいつは文句の一つも言わねぇ。
学校内では特に人目を気にする必要が無かった。俺と南斗がお互い関わんないのは前からだったし、あの校内逃走劇に関する噂はあっという間に沈静化しちまった。
一日に一回ぐらいは廊下ですれ違うけど、たとえ気付いてても俺は南斗の顔なんか見ない。
けど、ちょっと離れたとこから見る南斗は、前と同じように校内の王子様のままだった。いつも南斗の周りには誰かがいて、あいつはあの完璧な笑顔でそいつらと会話していた。
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