「少し聞こえましたが、鎌仲先生は北斗がカンニングしたのではないか、と考えてるんですね? 証拠はあるんですか?」
「天宮の今回の点数が……」
厳しい表情で問いつめる南斗と顔を合わせらんなくて、鎌仲は視線を変な方向に泳がせた。
「それは具体的な証拠になりません。教師が憶測だけで生徒を疑ったりしていいんですか?」
「だ、だが、現にこっちの天宮の成績が不自然に上がってるじゃないか。髪を染めているような素行の悪い生徒に出来るはずがない」
鎌仲の、この言葉には流石にカッときた。俺が拳を握りしめたのを見越したように、俺と鎌仲との間に南斗が割り込む。
「失礼ですが、髪を染めてはいけないという校則はこの学校には無いですし、北斗が校則違反で処罰されたこともありません」
「目撃証言も物的証拠も存在しない生徒にカンニング疑惑かけるなんて、職員会議で話題にでもなったんですか? 僕たちには鎌仲先生が個人的な印象だけで彼に難癖をつけているようにしか見えませんね。それって凄く問題になると思いますけど」
酒谷が鎌仲に追い打ちをかける。サイズは平均身長を大幅に下回ってんのに、物言いにゃ妙に迫力あるな、と俺は思った。
「第一、北斗は今回の試験に向けて真面目に勉強していましたよ」
「何でそんなことが判るんだ」
「俺が、自宅で勉強見てましたから。それでは不満ですか?」
「が、学年首席のお前が指導したというなら、本当なんだろうな」
「これ以上『職員室で』話をする必要は無いと思いますが」
「もう行け!」
南斗が職員室、って単語を強調したせいで、鎌仲は時間が経つほど自分が不利になることを悟ったらしい。それでも最後まで高圧的に振る舞おうとするとこが、いかにも鎌仲らしかった。
「何で、よりによってあんな嘘吐いたんだよ。最悪」
職員室を出た俺は、まず真っ先に南斗を睨み付けた。
「なっ! 天宮は先生に連れてかれたお前を心配して、わざわざ職員室まで追いかけてったんだぞ。それを――」
「酒谷!!」
俺に掴みかかろうとする酒谷を、南斗は手で制した。
「……ごめん。鎌仲先生を黙らせるためとは言え、今の北斗が一番言われたくない事を言った」
「俺、その場で再テスト受けてでも実力証明するつもりだったけど。なのにあんなに簡単に話がつくなんて、優等生の一言ってホント得だな」
今回の一件で、俺はまだ大人にゃ全然信用されちゃいねぇ、って事を痛感した。
その点、南斗にゃ俺と比べて三年分多い実績がある――埋められねぇ、追いつけねぇ差が。
「とっくの昔に置き去りにされた俺には、無理な話」
――俺、何言ってんだ?
だから俺は俺だけで、南斗とは別の方向に進んでくんだ、って決めたんじゃねぇのか?
多分、俺は苛ついてるだけなんだ。南斗に助けて貰っときながら、素直に礼を言えねぇ自分自身に。
「北斗」
南斗に呼び止められ、まだ怒りが収まってないらしい酒谷の手前、俺は立ち止まった。
「あの日からずっと訊きたかった――俺達、もう元に戻れないのか?」
「覆水盆に返らず、って、漢文の試験範囲だったろ」
南斗なら意味まで絶対に憶えてるはずだ。俺は南斗の言葉を待たず、鞄を取りに自分の教室へ向かった。
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