「奈良さんってどんなコ? 俺、顔わかんないんだけど」
「ふふふ。ボクが常に所持している惣稜生徒アルバムを見るかい?」
――こいつ、いつも鞄重そうだと思ったら、そんなもん持ち歩いてやがったのか。
力いっぱい引いてる俺を後目に、久保田達は緑川の撮影した写真を好奇心丸出しで眺めていた。
「え、この子? 結構イケてんじゃん。天宮、もったいねぇことすんな」
「確かに可愛いし、素直で良い子だって思ってるけど――何か、俺、この子と付き合うって実感、どうしても湧かなかったんだよ……」
「何で、俺なの?」
最初に言えたのはそんな言葉だった。けど奈良さんのほうでも、俺が本当に言いたかった事、ちゃんと解ってるみてぇだった。
「八組の天宮君を好きになった時は、恥ずかしいけど選挙の時に一目惚れしたみたいな感じだったの。だからかな、本人のことは全然知らなくても、好きって気持ちが自分の中にあればそれで十分だった」
だから下駄箱を間違えるなんてことしちゃったんだけどね、と奈良さんは気まずそうに笑った。
「私きっと、自分が勝手に創った『天宮南斗』君に恋してた。告白して怒られて、初めて気がついたんだ」
「……怒られた?」
「パニック状態だったのと緊張しすぎたのとで、最初にあなたと間違えたこと、うっかり言っちゃったの。そうしたら天宮君、物凄く怒って――何も知らないで北斗を俺と間違えるなんて北斗に失礼だ、絶対に謝れ、って」
聞きながら、俺は後夜祭での出来事を思い出していた。あの時、奈良さんは南斗に何か言われて怯えてる感じだったけど、あれ、失恋のダメージだけじゃなかったのか。
「文化祭の初日に一組に行った時、凄く緊張したな。八組の天宮君に言われたことで、天宮君きっと私なんて見たくない、って思ってるかも知れない。でも謝りに行くのは自分のけじめでもあったから。そうしたら、天宮君は怒るどころか凄く親切に声をかけてくれたし、一緒にお話してくれた。社交辞令かと思ってたけど四組の店にも来てくれたし――それに、後夜祭のとき助けてくれた」
そうだ、俺は南斗と一緒にいると彼女が辛ぇんだろうって思って、奈良さんをダンスに誘ったんだ。
「全部が凄く嬉しかった。誰も知らないけど、きっと優しい人なんだな、って思って、もっと天宮君の事が知りたい、って思って……いつの間にか好きになってた」
奈良さんは初めは緊張してたけど、俺の目を真っ直ぐ見て一生懸命に伝えてくれた。
きっかけは南斗だったとしても、彼女は俺自身を見て、好きだと言ってくれている。
俺だって、第一印象から奈良さんのこと結構可愛い、って思ってた。
――けど。
女の子と付き合う、ってのは、俺と相手の子が一緒に手を取り合って並んで歩くっつぅ事で。
そういや中学ん時のあの一件以来、俺は自分の恋愛について具体的な想定をしたことがねぇ。
俺がずっと一緒にいられたら、って思った事があんのは、文化祭の時点の幸崎先生と――
「ありがとう。けど……俺、今は誰かと付き合うとか、そういう気、なれねぇ。こんな半端な考えでオーケーすんのって失礼だと思うし。ホント、ごめん」
――二人で一人、っつぅのがまだ当たり前だった頃の、双子の弟だった。
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