INTEGRAL INFINITY : polestars

 身体を這う手の動きが唐突に止まった。
 最初、俺の視界にはまだ膜がかかってて、頬にぽたぽた当たる滴が何なのか判らなかった。

「違……本当は、こんな……こと、したい……わけじゃ……」

 泣いてるのは十二の、じゃなくて――今の十六の南斗だ。

「傷つけた……ない、のに、いつ……逆……しか……星、代わり……に、追い……けて……ば、それ……じゅうぶ……だった……に」
 南斗は身体を起こして、両手で自分の目を覆った。けど指の隙間からこぼれた涙が俺の腹に落ち続ける。
「も……限、界……止まら、ない……自分、お、さ……られ、な……い……俺、ど、して……好き、なっ……」

 声は大きくないのに、俺には南斗の嗚咽がまるで悲鳴みたいに聞こえる。

「好き……北斗、だけ……ず……っと、好……だっ、た」

 南斗は俺の上でひたすら泣き続けて、涙が止まったあとにやっと俺から降りた。
 まだ動けないでいる俺を起こそうとして腕を伸ばして、俺の身体が震えるのを見て引っ込める。
「怖い思いさせて、ごめん。いくら謝っても赦されることじゃないけど――ごめん」
 また、南斗の顔がくしゃくしゃに歪んだ。
――おい、それじゃ「王子様」が台無しじゃん。 
「忘れなくてもいい。無かったことにして欲しいなんて言わない。むしろ俺を軽蔑して、思い切り憎んで欲しい」
「南斗……?」
「北斗が嫌がるようなこと、二度としない。もう近寄らないようにするから」
 立ち上がった南斗が部屋のドアを開ける。そうだ、俺、廊下の灯り点けっぱなしにしてたじゃん……。
「さっき言ったのは全部本当のことだよ。多分、中学に入る前からずっと本気だった」
 部屋を出る直前、南斗は俺を振り返った。
 いつものように表情作ろうとしてて、けど今回だけはめちゃくちゃ失敗してる。

「だから北斗、ちゃんと言わせて――『さよなら』」

――俺、どうしよう。
 長時間乗っかられてたからか、腰のあたりが重くて起きあがれねぇ。
 それ以前に、さっきまで自分の身に何が起きてたのか、冷静に考える気力すら全く湧かなかった。
「そ……だ、ひし、い」
 菱井に相談してみよう。あいつならきっと、何か良いアドバイス、くれる気がする。
 右手をばたばた動かすと、倒れた拍子に床に転がっちまってた携帯に触ることが出来た。引き寄せて、仰向けの姿勢のままで着歴から菱井に電話をかける。
 けど、30コールぐらい待っても、全然菱井が出る様子が無い。あいつ、この時間ってまだ結構起きてるはずなんだけどな。
 あ、そうだ。あいつ、彼女か誰かと約束してたんだ。
 それじゃあ仕方ねぇよな、電話、出れねぇもんな。こっちもたまには気ぃ遣ってやんないと。だって、今夜は折角のクリスマスなんだしな。

 何か、凄ぇ疲れた。今はもう、いいや。

 俺はそのまま――やっと、意識を放棄した。

 

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 63、64話を書いている時に筆者思わず「南斗……こいつバカだ」と呟いてました。北斗の方もバッファオーバーフロー起こして未だ混乱状態です。そういう時に迷わず菱井を選ぶ辺り、前回の事件からいっそう北斗の菱井への絶対的信頼が成立してるんだな。