南斗のやり口は俺よりずっと巧妙だった。ずっと優等生やってるとそんなとこまで要領良くなるんだろうか。
俺は取り繕うことなんか一切考えずに怒りを南斗や親にぶつけたけど、南斗は親がいる前では「普通」に振る舞った。
会話の流れ的に必要になったら俺に話しかけるし、俺の言葉にも応える。だから親は何も気付かない。けど互いの視線はぶつからねぇし、二人きりにゃ絶対にならない。
自分が同じ事やった後ろめたさみてぇのがあるのと、やっぱ捕まえたからって南斗と何話せば良いのか解んねぇのもあって、俺から無理矢理動くのはどうしても出来なかった。
――ヤバイ、少しずつ自分が削り取られてく、そんな感じ。
なんか今朝から、特に女子からチラチラ見られてる気がする。
「――菱井。俺、別に何もしてねぇよな?」
「オンナに手ぇ出したとかそう言う報告はお前から受けてねーな、俺も」
「だよなぁ」
いかにも何か言いたげな顔してて、でも何も言ってこねぇから、こっちとしてはどうにも気持ち悪い。
「俺の態度、学校じゃ普通のつもりなんだけど」
「久保っち達が何も気付いてねー以上、見られてんのは北斗の態度が不審だから、ってわけじゃなさそーだしな」
菱井には俺が悩んでる経緯を全部話してある。俺の心ん中はまだぐちゃぐちゃしてて、だから菱井は助言めいた事は言わねぇけど、聞いて貰うだけで俺はかなり救われていた。
中学んときから俺の中にずっとあったらしい感情が、いったいどの範疇にあるのか断定する自信がねぇ。
仲の良い兄弟ではいたかった、とは思う。けど小学生の時のような関係が理想なのか、っつぅと、何か違う気がする。
かといって――あの夜みてぇな事したいのか、って訊かれたら正直、困る。菱井の言うとおり男性恐怖症とまではいかなかったし、結局やめてくれた南斗の事はこの通り、憎めなかったけど。
もう一度、しかも自分から望めるか、っつったらやっぱ怖ぇし、無理だ。
どっちにしろ南斗は俺を好きでいるのはやめる、っつったんだし、俺も考えんのやめりゃそれで済む。なのに南斗の態度がああだから、心が全然決まんねぇし、落ち着かねぇ。
菱井以外には絶対に言えねぇから、学校では相当気を遣って、悩んでるって他の連中には悟られないように俺は努力した。
視線の方は俺に心当たりが無い以上、ほっとくしかねぇ。先にメシ食い終わった俺が、菱井が弁当突くのを見ながら牛乳パックを適当にぐしゃぐしゃ折りたたんでると、凄ぇ勢いで教室のドアが開けられた。
「みっ、みみみ緑川君っ!!」
え、あれって奈良さん!?
彼女は顔真っ赤にして、自分の席でアルバムの整理をしてた緑川に突進する。クラス中の視線が二人に集まった。
「ねぇ、言ったの緑川君なの? 私緑川君にしか話してないのに、なんで他の子が知ってるの!?」
「奈良女史、ちょっと落ち着いて。は、話が見えないよ」
「え。じゃあ噂って本当なの? うちの天宮君と四組の子が付き合ってる、って」
――はぁ!?
みんなの視線が、呆然としてる俺に移動した。
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