「じゃあ、全部俺の思いこみだった、ってこと?」
「そうだよ。噂回って、奈良さん半泣きだったぜ。お前の代わりに一応、俺がフォローしといたけど」
「そう、か」
南斗の腕から更に力が抜けて、弾みで俺は手首を放した。南斗は俺に背中を向けたまま、それでも一歩も動かない。
俺にはもう言わなきゃなんねぇ事は無くて、けどこのまま会話を打ち切る気にもなれない。
俺らは互いに黙ったまま立ちつくした。
「――やっぱ俺、耐えらんねぇよ、今の状況……」
どうしようもねぇのは解ってんのに、思わずそんな言葉が口から出た。
けどその先の自分勝手な望みは――俺だけは絶対、南斗に言っちゃならない。
「部屋、入っていい?」
「あぁ――ごめんな、引き留めちまって」
南斗の部屋のドアが閉まった時、俺の脚から力が抜けてくのがわかった。廊下に座り込んで、二階に上がってきた母さんに怒られるまで、そうしていた。
次の朝俺が一階に下りた時、最近じゃ珍しく、その時間に南斗が家にいた。
「……おはよ、南斗」
「おはよう」
返事された時一瞬、自分の目を疑った。
ちゃんと南斗と視線合ったの、ホント凄ぇ久しぶりだ。俺があまりにあっけにとられてたせいか、南斗が小さく笑った。
俺が席について、トーストが出てくると、「いつものように」ハチミツを南斗から渡される。チューブの蓋も開いていた。
戻るはずねぇ時計の針が逆回転したんだろうか、なんて一瞬馬鹿な事考えてカレンダー見たけど、掛かってるのは確かに、一月の日付になっていた。
南斗は俺の準備が全部終わるまで、玄関先で待っていた。俺は未だ状況が飲み込めてねぇんだけど、南斗と一緒に行動すんのを、俺が拒否出来るわけがねぇ。
「北斗、行こう?」
「……あぁ」
隣の南斗をこんなに意識しながら並んで歩いたのは、多分初めてだ。
俺と同じ顔、同じ体格、指先から足まで全部同じ双子の弟。こいつは今、いったい何を考えてんだろう。
「あのさ、北斗」
自分から上手く訊けないでいると、南斗の方から話しかけてきた。
「昨日考えたけど――やっぱり家にいる以上、俺達は兄弟で居続けるんだよね」
横を向くと、南斗はいつもとは違う、どっか達観したような微笑みで俺を見た。
俺の、今の正直な気持ちは嬉しくて、少し寂しい。
昨日俺が言えなかった事、南斗は解ってくれてたらしい。
俺らはこっから、努力して兄弟になっていく。完全とは言えなくても、俺らに出来る限りの範囲は元に戻せるように。
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