合宿中、南斗君は表向きは普通に見えるよう振舞っていたけど、少なくとも酒谷君は彼の異常に気付いていたみたいだね。
確か大晦日だったかな――南斗君はあれから毎晩、君が「助けて南斗」と泣き叫ぶ声で目が覚める、と言っていた。未遂とはいえ自分がしたことは最低の行為で、どれほど悔やんでも北斗君には償いきれない、と。
けれど彼が本当に辛いと言ったのは、悔恨の情は本心からのものにもかかわらず、かえって以前よりも北斗君に対する押さえが効かなくなったという話だったよ。
君の泣き声が耳から離れないのに、中途半端に知ってしまった体温や反応が些細なことで蘇る。だから一日でも長く、少しでも遠く北斗君から離れないと、自分はいつか必ず――今度こそどんなに泣かれても止められずに、君を本当に壊してしまう、と言っていた。
恋人のことは誤解だったけれど、君は南斗君と一緒に暮らすのは耐えられない、それ以上に南斗君自身が北斗君の前で自分を押さえつけることに耐えきれないから、と彼は全寮制の樫ヶ谷学院に編入することを考えた。
転校までの間、最後の思い出が欲しいから、ほんの少しだけ昔どおりの兄弟として振る舞うことを許してもらおうと思う――それが、南斗君が僕に最後に打ち明けた話だよ。
「俺は、南斗を止めるよ」
あいつが幸崎先生に見せた「天宮南斗」の全てを知っても、俺の心は揺るがなかった。
「だから先生にこんな事、頼んだんだ」
俺には十分な勝算がある。それを先生の話が保障してくれた。
だから南斗は行かせねぇ。代わりに全部受け止める。
あと、他にも知りてぇ事があったから、先生に訊いてみた。
「――勿論知っているけど、それだけは本人から直接聞いたほうが良いと思うよ」
「わかった」
俺は素直に頷いた。
そして、どうしても先生に言っときたい事がもう一つ、あった。
「俺、多分幸崎先生の事、好きだったよ」
え、と呟いて、眼鏡の奥の先生の目が見開かれた。
「少なくとも二学期の中間のときまでは、先生に会ったり話したりするのが凄ぇ楽しくて、嬉しかった。ダチの菱井以外で、初めて俺自身を見てくれる人だ、って思った」
今はもう、先生に対する感情は年上の兄貴に構われたい願望、っつぅ感じだけど。
もしどこかで道が違ったら、俺が無意識に抱えてた南斗への気持ちを上回って、本気でこの人に恋してたかもしんねぇな。
「じゃあ、今はこんな汚い大人に幻滅してるだろう?」
「いや、南斗がなんで先生に全部喋ったのか、解る気がするよ――あー、そろそろいったん帰っかな。探さなきゃなんねぇもんあるし」
ゴミは俺が捨てるよって言って、俺は先生からミルクティーの缶を奪った。
「あ、先生。最後に一個だけ」
「なんだい?」
「先生って実は、南斗のこと好きだったんだろ?」
幸崎先生は何も言わずに、ただ穏やかな笑顔だけを俺に向けた。
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