「あーあ、つまんねーなー。ずっとベッドの中でさー」
「お兄ちゃん大けがしてるもん、しょうがないよ」
「それにしても優の奴、すり傷だけなのに俺の見舞いにもこねーのかよ」
「……お兄ちゃん、知らないの?」
「え?」
「優兄(すぐにぃ)のおうち、外国に引っ越しちゃったんだよ」
【Track 02 : King And Queen】
『続いて、生徒会からの連絡事項です』
毎週月曜日の朝に行われる全校集会で、生徒達が一番浮き足立つのがこの瞬間だ。六月半ばに生徒会役員が入れ替わって以来、それは更に顕著になっている。
「いやー! 今日も会長格好いいー!」
(何が『格好良い』だよ……週明けの朝から黄色い声出してんじゃねーよ)
菱井が内心うんざりしていることなど知らず、小野寺ファンの女子達はアイドルの追っかけさながらの視線を壇上に向けている。
「毎度の事ながらすげぇな、小野寺会長の人気」
「前の会長ん時以上だよな」
そんな会話が、菱井の前に並んでいる男子らから聞こえてくる。
「な、菱井もそう思わない?」
「へ? あー、そうだな」
突然水を向けられた菱井は慌てて適当に話を合わせた。
教室へ戻る途中で菱井は北斗に追いついた。
「よう、北斗」
「おはよ菱井」
応える北斗の表情はやや覇気に欠け気怠げだが、不機嫌というわけでは無い。彼にとっては普通のものだ。
「今週も煩かったな、小野寺会長ファン」
集会の時出張るのが会長だけで良かった、と北斗は言う。確かに、生徒会役員全員が揃っていたら書記の南斗にも視線が集まる。髪を染め左耳にイヤーカフスをするようになった北斗だが、南斗が全校生徒の注目を浴びるのは好ましくない、と今でも思っているようだ。
(……会長だけだから、俺も優がこの学校にいんの判んなかったんだよなー)
勿論、男に興味無しと言うのもあるが、小野寺は海外にいるのだと言う菱井自身の先入観が気付くのを遅らせた。
だから、菱井は小野寺がかつて自分の幼馴染みだった事を北斗にすら言っていない。それどころか、二学期になった今でも菱井は小野寺に会おうとすらしていなかった。
今更名乗り出るには遅すぎる。
菱井だって立ち会い演説会の時まですっかり忘れていたのだ。小野寺も菱井のことなど憶えていないだろう。しかも今の彼は惣稜が誇るカリスマ生徒会長様だ。この学校だけではなく、他校生にもファンがいるらしい。
もし小野寺との旧交を温めようとすれば、またかつてのように彼と比べられる日々が続くのだろう。それ自体は仕方がない、と小学校に上がる頃には菱井は既に達観していた。
問題なのは、小野寺に取り入ろうとする連中や彼の恋人になりたがっている女達だ。子供の頃、小野寺が菱井を一番の親友と認めたために菱井が受けた嫌がらせは数知れない。誰に何回校舎裏に呼び出されたかなんていちいち憶えていられない程だった。
彼らは決まって「小野寺君なんかより全然駄目なのに、何で一番近くにいるんだよ」と言う。ここにもまた比較の原理が働いている。他人に勝手に負けを突きつけられる事が何より嫌で、菱井はその全部に真っ向から立ち向かったのだ。
(けど、まー人間成長すりゃー危機回避能力ってのが身につくわな)
以前より敵対勢力が多いと判りきっているのに、自ら地雷を踏んでぼろぼろになるような真似をする馬鹿は普通居ない。負けを認めるのは嫌いだが、最初から勝負をしないと言う選択肢を選ぶことは可能だ。
あの事故以来、菱井と小野寺の友情は過去のものなのだ。最後に理不尽なことを言い残されたが、菱井が気にする必要は無いだろう。
このまま小野寺が惣稜を卒業するまで自分からアクションも起こしさえしなければ、またすぐに今まで通りになるのだ――菱井はそう考えていた。
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