「菱井、帰ろうぜ」
放課後、席を立った北斗が菱井に声を掛けて来た。
友達になろう、と口説き落としてから五ヶ月。最初は慣れない猫のようだった北斗は、菱井に対しては完全に心を開いていた。一旦仲良くなってしまえば、過敏なところはあるものの北斗はごく普通の少年だ。未だ他のクラスメイトに対しては構えたところがあるが、近いうちにそれも無くなるだろう。
きっかけは共感と同情だったかもしれないが、今では菱井は北斗のことを親友として本当に好きになっていた。
「ごめん北斗。今日から文化祭実行委員あるんだよ。文化祭終わるまであんま一緒に帰れねーかも」
「……そう言えば朝、南斗が言ってたな」
「うん、お前にそっくりな顔拝んでくるよ」
北斗はどこか不安そうな視線を菱井に向けた。
同じ顔なのに北斗は絶対にしない種類の笑顔を観賞するのは楽しそうだ、とは思っているが、今のところ菱井の南斗に対する興味はそれだけだ。
「心配しなくても浮気なんか絶対しねーから」
「なっ……!!」
或る意味で図星を指された北斗は顔を赤くした。
文化祭実行委員会は、理科棟の階段教室で行われる。少し迷ったが菱井は、前方寄りの端の席に着いた。
他の実行委員や生徒会役員らが集まったところで実行委員会は始まった。
まずは、書記の南斗が全員の出欠確認を取る。菱井は一年一組なので最初に呼ばれたが、返事をした際に南斗と一瞬視線が合った。その後も、菱井は何となく彼を目で追っていた。
(ホント、髪が黒かった頃の北斗思い出すなー)
出欠確認が終わると議事進行役は小野寺に移った。
「まずは、これから配るプリントについて説明する。各書類の提出締め切りは厳守するように。守らなかった団体は――」
小野寺の肉声が耳に入ると、菱井は思わず緊張した。スピーカーを通さない現状だと、低い、だが嫌な響きの無い声質なのがよく判る。
隣から回されたプリントを受け取ると、菱井はそこに視線を落とし、なるべく小野寺の顔を見ないようにした。
「はぁっ……!」
長かったような短かったような委員会が終わり、菱井の口から緊張の緩みによる吐息が漏れる。
次回以降は、全体連絡以外は役割分担のグループ毎に準備を行うことになる。菱井は小野寺と南斗のいるイベント主催チームを避け、山口が中心のパンフレット作成チームに入った。これで小野寺と接触を持たねばならない可能性は少しでも減っただろう。
「――君が菱井君?」
「そだけど」
突然、柔らかな声で話しかけられた。顔を上げると目の前に、拝んでやろうと思っていた表情があって、思わず菱井は感嘆した。
「あ、ホントに北斗と同じ顔が笑ってる。すげー、なんか新鮮。北斗はそういう笑い方しねーからなぁ」
だが菱井がそう言った瞬間、南斗の表情はそのままに瞳だけが剣呑な色を帯びた。普通の人間には判らない程度の変化だが、菱井には似たような目を見た経験が何度もある。
「北斗から君のこと聞いたよ。仲良いんだってね?」
探るような南斗の声色に対し、菱井も相手を試してみる。
「あー、多分俺が校内じゃ一番じゃねーかな」
「……ふぅん」
するとますます南斗の視線は険しくなった。ここまで来れば、菱井にとっては殆ど疑いようがない。
小野寺のことで校舎裏に呼び出してきた連中と同種の――いやもっと強い感情が、自分に対して向けられているのを痛いほど感じるのだ。
(やばー……こいつ「俺の北斗に近付くな」って顔に書いてあるよ)
尋常とは思えない南斗の想いには、当の北斗は全く気付いていないのは明らかだ。そう考えると、菱井は南斗に意趣返しをしたくなった。
その一瞬の時間差が、自らの首を絞めてしまう事になるとは知らずに。
「俺もあんたのこと、北斗から聞いてるよ」
南斗の顔色が面白いように変わる。さぁ次はどう仕掛けるか、と菱井が思った時だった。
「ひっしいくーん、ちょっとお仕事についてお話あるから、来て?」
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