菱井が山口に声を掛けられたとき顔を引きつらせたのは、一つにはパンフレットチームの他のメンバーはとっくに階段教室を去っているのに何故自分だけ、と思ったのと、あと一つは先程チーム毎に集まった時、彼女の性格がどうも久保田の妄想とはかけ離れて「はっちゃけている」らしいと知ってしまったからだった。
「あ、あの山口先輩、何処行くんですか?」
「生徒会室」
山口にすぱっと言い切られ、菱井の顔が青ざめる。進みたくない、と一瞬足を踏ん張ってしまう。
「残念だったねぇ、天宮君との会話をあとちょっと早く切り上げてれば、逃げられたかもしれないのにね♪」
華奢な見た目とは裏腹に山口の握力は強く、菱井は為す術もなく引きずられて行く。理科棟を出る際と第二校舎に入る際、履き物を替える時に逃げようと思えば逃げられたのだが、わざわざ一人を選んで任される仕事が待ちかまえていると思うと、菱井には出来なかった。何かが自分の身に降り掛かってくれば立ち向かいたくなる、それが彼の性分だ。
(俺が声かけられたのは偶然、偶然……たまたま最後に残ってたのが俺ってだけ――)
覚悟を決め、菱井は山口の後について階段を上がった。
生徒会室の前まで辿り着くと、山口は手首のスナップを大げさにきかせてドアを叩いた。
「優ちゃあん、連れてきたよー?」
咄嗟に逃げようとした菱井の手首を、山口は後ろ手で掴み、そのまま彼を室内へと引きずり込んだ。
少なくとも一年間は近付くまい、と菱井が心に決めていた部屋は思っていたより広く、中の設備には横になれそうなソファやパソコンまである。パソコンはひょっとしたら、普段は書記の南斗が使用しているのかもしれない。
そんな事を菱井が考えていたのは、無論現実逃避のためだ。しかしいつまでも黙っているわけにはいかず、山口には背後に回り込まれたうえ両肩に手を掛けられている。菱井は仕方なく、真っ正面にある執務机に両肘を付いている男の顔を見た。
「あのー、仕事についての話って何でしょう、会長」
「その余所余所しい口調はわざとなのか? 良介」
「なっ……!」
小野寺は何の躊躇もなく菱井を名前で呼んだ。それで菱井は、小野寺には何もかもばれていることを悟る。
「お前が入学してから今まで一度も声を掛けてこなかったと言う事は、俺とは表立って接触したくなかったんだろう、と推測できたからな。だからお前一人だけここに呼び出した」
「委員会中ずっと優ちゃんの顔見ないようにしてたでしょ? でもツメが甘かったわねぇ、あたしの事すっかり忘れちゃってるんだもん。ねぇ、りょ・う・す・け・ちゃん?」
最後のところは、わざと甘えるような声。菱井は思わず飛び退り山口の顔を見た。
ずっと忘れていた記憶が甦る。そう言えばスグルには彼と同い年の従姉妹がいて、たまに彼の家に遊びに来ていた。血筋のなせる技なのか彼女はとても可愛かったけれど、スグルと同じかそれ以上に食えない性格をしていて菱井もよくからかわれた――。
「……ま、まさか郁姉(いくねぇ)!?」
「あったりー♪ やっと思い出した?」
(どうりでこの人に見覚えあるはずだよ。ちくしょー、もっと早く思い出してりゃ酒谷のチームに入ったのに!)
そんな菱井の心を読んだのか、小野寺が容赦なく言う。
「各クラスの文化祭実行委員が決定した段階で、誰が選出されたかと言う情報は生徒会まで届いている。お前の思惑を一応尊重して、今日まで感動の再会を待っていてやったと言うわけだ」
感動の、と言う部分に力が入っていたのは多分嫌みだろう。結局菱井があみだくじの「アタリ」を引いてしまった時点で、既に彼の運命は決まっていたのだ。
(くじ運の神様、っつーのがもし居るんなら、俺そいつを恨んでやる)
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