「良介」
「何だよ、優かよ」
「お前、その脚どうしたんだ?」
「何でもねーよ、転んですりむいただけ」
「本当にそうなのか? さっき顔に怪我した六年を見たぞ」
「……お前の近くにいりゃー、これぐらいいつもの事だよ」
【Track 03 : Don't Stand So Close】
「うわー、北斗には六時に終わるって言ったのに」
パンフレット作成チームの話し合いは、美術の授業で描かれた絵のどれを表紙に採用するかで揉めに揉め、菱井の予想より随分と長引きそうだった。
この日、菱井は階段教室に北斗を連れてきた。間違って北斗の下駄箱に入れられていた南斗宛のラブレターを届けるためだ。
北斗の用事が終わり、彼が出て行った後にメールでやりとりし、委員会が終わったら一緒に夕食を食べて帰る約束をしたのだが、この調子では北斗をかなり待たせる羽目になってしまいそうだった。
早く決まれよ、と菱井が焦っているところに、自分のチームの話し合いを終えた南斗が声を掛けてきた。
「菱井君。俺が、君は帰れないって北斗に伝えておこうか?」
「へ?」
「じゃあね、頑張ってね」
菱井が目を丸くしている間に、南斗はその場から立ち去ってしまう。最初から南斗は、菱井の意志など無視するつもりだったのだろう。菱井の目には、彼の後ろ姿が随分と楽しそうに見えた。
「ヒッシー? よそ見しちゃ駄目だよ〜?」
「すっ、すいません副会長」
菱井は慌てて前を向いた。小野寺が約束を守ってくれたからだろう、山口は人前では菱井の事を「ヒッシー」と呼んでいる。彼女は同じチームのメンバー全員に渾名を付けているから、それらに紛れて誰も不審に思っていない。
それにしても、と菱井は内心溜息をつく。
(完っっ全に天宮南斗から目の敵にされてんなー……)
端から見れば、菱井に向けられる南斗の表情は他人に対するそれと変わりないだろうが、菱井本人にしてみれば滲み出る悪感情が丸わかりで、たまったものではない。会話を交わす回数こそ少ないものの、南斗の言葉の端々には細かい棘が隠れている。
(俺より前に北斗と仲良くなろうとした連中も、似たような目に遭ったんかな)
南斗の悪意の前提にあるのは、北斗に対する強烈な独占欲。北斗は自分の友達は皆最終的に南斗を選ぶと言っていたが、南斗からの働きかけがその原因だったとしたら、どうだろう。北斗に接近する者を追い払ったり、或いは自分の側に付けてしまえば北斗の周囲には誰もいなくなる。緑川が誘惑だと表現した社交性すらも、その目的のためだけに身に付けたのだとすれば?
入学直後の誰も信じる事が出来なかった北斗を思い出し、菱井はぞっとする。南斗も流石に相手が男で実の兄である事に悩むところはあるのだろう、北斗の話を聞く限りでは南斗からの積極的なアプローチは今のところ無いらしい。だが、それがかえって北斗に劣等感を植え付ける結果となり、彼が弟に対して持っている好意まで屈折させている。
南斗の想いを北斗に教えるつもりはない。これは二人の問題で、菱井が軽々しく口を挟めるものではないからだ。第一、北斗の親友と言う立場の菱井としては、手口が手口なので腹も立つ。菱井が出来るのは北斗を絶対に裏切らない事、屈折する前の彼に戻れるよう友人として二人三脚で付き合う事ぐらいだった。
長い話し合いがやっと終わったというのに、菱井は独りで階段教室に残っていた。北斗と寄り道する予定が消えて無くなったので、ここで自分に割り当てられた仕事をこなしてから下校しようと考えたのだ。
彼の手元には今、電話番号の一覧がある。文化祭のパンフレットに載せる広告を依頼する「スポンサー」のリストの一部だ。
山口が言うには、どの店も学校の近所にあり、毎年広告枠を買い取ってくれているらしいが、万が一にも相手先を怒らせてしまえばそれまでだ。
「誰かがまだ残っているのかと思えばお前か、良介」
菱井が声のした方へ顔を向けると、階段教室の鍵を持った小野寺が半ば呆れ顔でそこに立っていた。
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