INTEGRAL INFINITY : Shotgun Killer

 小野寺はそのまま階段教室の中に入り、菱井の方に近付いてきた。
「そのリスト、パンフレットのスポンサーか?」
「そ。今電話しよーとしてたとこ」
「ここはもう閉める。さっさと出ろ」
「ちょっ、お前俺の話聞いてなかったのかよ!」
 憤慨する菱井に対し、小野寺は軽く顎を上げる。ふん、と他人を小馬鹿にする態度のように、菱井には見えた。
「もう七時を回っている。教師の指導を受けているならともかく、一人でこんな所に残れるわけがないだろう」
「――わかったよ」
 小野寺の論理は全く正しくて、菱井に反論する余地を与えない。仕方なく、菱井は小野寺の後に続いて階段教室を出た。小野寺が扉に施錠する様子を眺めながら、ついつい溜息が漏れてしまう。
「あー、話の持って行き方どうすっかなぁ……いっそ家で親に訊いた方が早かったかな」
 先程から菱井がなかなか発信に踏み切れなかったのは、持ち前の過剰な責任感から来る緊張が原因だ。ノウハウも無しに下手な交渉をして、翌年以降の文化祭実行委員に迷惑を掛けたくはなかったのだ。

「良介、お前にやって貰う事がある。職員室までついて来い」
「良いけど」
 小野寺は菱井を伴って職員室に入ると、コピー機の所に行き菱井に一枚の紙を突きつけた。
「俺は顧問に鍵を渡してくる。お前はこれをパンフレットチームの人数分だけコピーしろ」
 小野寺が菱井に渡したのは、広告枠買い取りを依頼する際のマニュアルだった。問答集のように、相手がこう言ったらこう返せ、と言う実例が付いている。
 今、菱井が一番欲しかったものだ。
「これ……」
「任せたぞ」
 小野寺はそのまま菱井に背を向けると、生徒会顧問を探して奥へと行ってしまった。我に返った菱井は慌ててマニュアルをコピー機にセットすると、うろ覚えの人数に少し足した枚数でコピーを開始した。

 最後の一枚がトレイにはき出される頃、小野寺が戻ってきた。菱井は原稿とコピーの束を彼に渡す。
「お前の分は取っておけ」
「サンキュー」
 そのまま二人で職員室を出る。昇降口まで歩く最中、小野寺は何故あのマニュアルを持っていたのか理由を話してくれた。
「あれは、本当なら今日の委員会でお前達に配布するはずだったが、郁美の奴、コピーすら完全に忘れていた」
 小野寺が昼休みに生徒会室で渡したはずの原稿は、そのまま室内に置きっぱなしにされていたそうだ。つまりは完全に山口のミスだったわけである。
「郁姉、それで良く副会長なんてやってられんなー……」
「郁美はあれで有能だ。雑用に関しては忘れっぽいがな」
 二人が未だ書記と会計だった頃、小野寺は今日のように山口の尻拭いばかりさせられていたのかもしれない、と菱井は思った。何だか可笑しかった。
「優。これ、ありがとな」
 一年の下駄箱前で、菱井はマニュアルを振ってみせた。
「どうせ明日には配布される予定だったがな」
「お前、俺の性格知ってるだろ。こういう事は即やんねーと気持ち悪いんだよ。優がこれくれなかったら、今頃スポンサー一つ失ってたかも」
「それは困るな」
「だろ? 優に借り一つ作っちまったなー。俺今月ピンチだから身体で払うしか出来ねーけど」

 菱井にしてみれば、それは、軽いジョークに過ぎない発言だった。
 先週末にCDを買ってさえいなければ、ジュースの一本でも小野寺に奢ったかもしれない。代わりに、先程のコピー程度の雑用をあと一つぐらい手伝うつもりだったのだ。

「――なら、今払って貰おうか」

 菱井が顎を持ち上げられる軽い痛みに気付いた時には既に遅く、唇を小野寺のそれに塞がれていた。
 時間にして1秒程度。深いわけではないそれは、しかし疑いようもなく菱井が生まれて初めて経験するキスだった。

 

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 最初は、小野寺が菱井の代わりに電話をすると言う展開でしたが、それを甘んじて受けるのは菱井ではない、と考え直しました。余談ですが、今まで見た学校系パンフで一番凄いスポンサー広告は、裏表紙一面使った某ネズミーでした。