文化祭実行委員としての活動は大変だった。パンフレットの入稿が完了するまでの細かいトラブルは思い出したくないほどだ。
更にクラスの準備にも目を配らなければならなかったが、「責任者」さえ自分に当たらなければ何の問題も無いらしく、クラスの皆を動かすのは簡単だった。
「菱井君って実は、人を乗せるの上手だよね」
学級委員の佐々木はそう言って菱井を褒めた。
「案外、生徒会役員に向いてるかも」
「無理無理、俺じゃー選挙で人気取れないって」
笑いながらも菱井は、冗談じゃねー、と内心で絶叫した。
菱井が自分から生徒会室に出向いてから数日後、彼の携帯にメールが送信されてきた。
『15:30 生徒会室』
たったこれだけの、簡潔すぎて悪戯かと思う内容だった。見覚えの無いメールアドレスからだったため、菱井は大いに戸惑ったが、アドレスの文字列でどうやら小野寺かららしいという事が判った。
アドレス交換をした記憶が全く無い菱井にとっては非常に気持ちが悪く、情報の出所を問いただすため指定どおりに生徒会室に行った。
「来たか」
小野寺は生徒会の仕事を片付けている最中で、菱井が入ってきたときも顔を上げようとはしなかった。相変わらずの態度に、菱井の表情も思わず固まる。
「まず俺のメアド、どっから持ってきたのか教えてもらおーか」
「郁美が実行委員会中にお前の携帯を抜き取って調べた。電話番号もな」
(そ、それって犯罪じゃねーか!)
答えそのものもだが、小野寺に悪びれたところが全く無い事に菱井は唖然とした。
「お前ら個人情報保護って単語知らねーのか!?」
「携帯番号も教えない良介が悪い」
「知りてーなら俺んちに電話してくりゃー良いじゃん!」
菱井の住んでいる家は、小野寺が海外に行く前からずっと変わっていない。親同士の交流もあったのだから、小野寺のところに菱井家の電話番号が残っていてもおかしくない。
だが、小野寺は菱井の疑問に答えなかった。代わりに、執務机に置かれた紙束を菱井に向けて突き出す。
「発注控えと納品書の数が合っているか確認しろ」
「はぁ!? 何で俺が」
恐らく文化祭準備のために購入した物品に関係する書類なのだろうが、普通に考えて会計の酒谷あたりに振られるべき仕事だろう。
「イベントチームと模擬店チームは今が仕事の大詰めだ。この程度の雑用ぐらい実行委員の役目として考えろ」
言われてみれば、机上には他にも数多くの書類が散乱している。数少ない生徒会役員で全てをこなせというのは無茶な話だろう。
(相方があの郁姉じゃ……大変だろうし)
マニュアルの一件を思い出しかけた菱井は、頭を振ると小野寺から書類を受け取った。
「――終わったぞ、もうこれ以上仕事はねーんだろうな?」
「ああ」
結局、最初の書類確認が終わった後も菱井は小野寺から細々とした、ただし面倒な雑用を次々と言い渡され、終わった頃にはすっかり暗くなっていた。
「何か文化祭関係ねーやつも混じってたし。これ、俺の貸し一つだよな?」
そうだな、と小野寺は机の上を片付けながら同意した。
「じゃあ、今すぐ返してやろう」
小野寺はつかつかと歩み寄ると、菱井の顎に手をかけ強引に上向かせた。
抵抗の言葉を吐く暇も無く、唇を塞がれる。
「んーっ! んんんっ、ふっ……ん!」
今度は軽いなんてものではない。他人の唾液というものを菱井は初めて強制的に味わわされた。情熱的な舌の動きと相まって麻薬のような陶酔となり、菱井の頭の芯を侵していく。
いつの間に自分の腕が、縋るように小野寺の両脇から背に回されている事に気付いた菱井は、慌てて小野寺を突き飛ばした。
不満そうに睨み付けてきた小野寺は、だが菱井の顔が真っ赤なのを見てほくそ笑む。菱井の憤りは、瞬時に沸点まで達した。
「あーもうっ、何だよ! お前二度と半径1メートル以内に近寄んじゃねーっ!!」
菱井は前回同様、勢い良く生徒会室から飛び出していった。
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