「どう、似合う?」
「ポーズが気色悪ぃから判定不能」
一年一組の「イケメン☆喫茶」のウェイターは、黒のスラックスに学校指定のシャツ、手作りの蝶ネクタイとエプロンがユニフォームだ。
「ついでにお前は俺に来年の文化祭まで感謝しろ」
菱井は家庭科の成績が壊滅的に悪い。そのため、文化祭まで放課後は全て菱井が奢る、という契約で北斗が代わりに衣装を縫った。
「ひでー、散々おごったのにまだ搾り取る気か」
「天宮、菱井、準備まだなのか?」
菱井がぶうぶう言っていると、先に着替え終わった久保田が二人を呼びに来た。
「おう、今出る」
「天宮、折角だからお前が呼び込みやれ」
「えぇ!? そんなの聞いてねぇ」
「今俺が決めた。もう一人の天宮ファンを道端からかっさらえ」
久保田のアイデアに対し、北斗は嫌そうに眉をしかめる。
「俺に南斗の『代用』やれっつぅのかよ。普通、本人見に八組行くだろ」
「いや、俺の情報筋によると、もう一人の天宮は、文化祭中は生徒会の仕事が忙しくてロクに屋台を手伝えないそうだ」
北斗はますます不機嫌になり、見かねた菱井は助け舟を出した。
「久保っち、こいつ一人じゃ無理だよ。俺も呼び込みやる。北斗は王子様って言うより気むずかしいお姫様なんだから、なかなか声かけられないっしょ」
北斗は菱井の気遣いに胸を打たれた様子だったのだが。
「って姫とか抜かすなボケ」
「痛っ!!」
――思い切り頭を叩かれた。
「仕方ねぇなあ。確かに天宮はあんまり人と話さないもんな。中が混雑してきたら戻れよ」
久保田は苦笑すると今日室内に戻っていった。菱井と北斗は入り口の前に立つ。
ちょうどそのタイミングで放送が、入った。
『――これより、第二十三回惣稜祭を開催致します。皆さん楽しんで頑張りましょう』
「さっきは、ありがとな」
北斗が、菱井にそっと耳打ちする。姫扱いは別として、感謝してくれたようだ。
「あー、お前、天宮南斗の代わりって嫌がるっぽい、って思ったから。北斗、どうせ文化祭って他校からも人が来るんだし、この際利用すれば?」
「それってナンパの奨め?」
「そう表現されると即物的だなー。ま、その通りなんだけど。だって他校の女の子なら天宮南斗の事なんて知らないだろ」
そうかな、と北斗は首をかしげる。
菱井は、自分の言った事が彼自身にとっても最善の案である事に思い至った。
小野寺は菱井が女の子との交際経験が無い事を、からかいの種としてお気に召したようだ。たかがキスの一つや二つで狼狽する菱井の態度が面白いらしい。小野寺は昔からもてていた事を知っているだけに、菱井は己が情けなくてたまらない。
よほど場数を踏んでいるのだろう、小野寺のキスは凶悪なまでに巧く、初心者ですらない菱井はあの時あっけなく陥落してしまった。後で自分の状態に気付いて心底落ち込んだ。
こうなればもう、菱井が恋人を作るしかない、と思うのだ。からかうネタが無くなるわけだし、少なくとも経験不足が理由でうろたえる事は無くなるだろう。
「あ、人が来たぞ」
菱井は女子生徒が一組の教室に向かってきているのを見つけ、取り繕うように笑顔を作った。
ウェイターと文化祭の受付当番を除き、菱井は北斗と一緒に模擬店を巡った。準備が色々大変ではあったが、当日の賑わいを目の当たりにすると全ての苦労が報われた気になる。
橘が言うには、菱井達が遊んでいる間に南斗が一組の喫茶に来たらしい。北斗の晴れ姿が見たかったのだろう。本人は嫌がるだろうが。
「なー、これから何か食ってかねぇ?」
菱井は後片付けのため残っている連中に提案した。文化祭の高揚をまだ引きずりたいのだろう、皆は口々に賛成する。北斗も嫌と言わなかった。一学期の事を考えると凄い進歩だ。
「北斗、楽しいだろ」
「はぁ? 唐突だな菱井」
「まーまー。大勢で馬鹿な事やれるのって今だけよ?」
北斗の変化が嬉しくて、菱井は終始ニコニコしていた。
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