「あっ、可奈子!?」
受付でパンフレットを配っている兄が、現れた可奈子を見て驚いた。
「お前、何でうちの文化祭に来てんだ?」
「やだなぁ、学校見学よ。私もここ受ける予定なんだからね」
「あー、そっか。俺、去年この時期風邪引いちまったからな」
惣稜祭では受験希望者を対象とした入試説明会も行われるのだ。去年の兄の時は結局、母親が代わりに行ってきた。
「お兄ちゃんパンフ」
可奈子が催促すると、兄は慌てて一部差し出した。
「まずはお兄ちゃんのクラスに行ってみようかな?」
言っとくけど実態は程遠いぞ、と兄は可奈子に釘を刺した。
兄と別れた後、可奈子はパンフレットを頼りに惣稜校内を巡っていた。説明会の開始までには、まだ時間がある。先に面白そうな模擬店や展示を見ておくつもりだ。
紙面を注視しながら歩いていたため、可奈子は通行人と頭からぶつかってしまった。
「ごっ、ごめんなさい! すいませ――――んっ!?」
準備にあれだけ時間のかかった行事も、終わってしまうのはあっと言う間だ。
既に最終日の日は暮れ、まもなく後夜祭が始まろうとしている。
「菱井どうよ、上手くいってる?」
「……駄目だ、オトコと来てねー女子は揃いも揃ってフリーのイケメン狙いだ」
北斗の問いかけに菱井は首を横に振って嘆いた。
「考える事は男も女も変わんねぇよな、そりゃ」
「畜生、そろそろダンスが始まっちまうよ」
菱井は二日間、機会があれば女子に声を掛けまくったのだが、強迫観念に駆られたかのような行動では当然、上手く行くわけがない。ナンパだってナンパなりの誠意が必要に違いない。
一方で小野寺や南斗の周囲には放っておいても女子達が集まっていたが、二人とも軽くあしらい全く相手にしていなかった。もてない男としては彼女達に同情するのと小野寺達をやっかむのと、どちらを選ぶべきか迷ってしまう。
「よし、会長達のところから引き返してきた女の子を捕まえる」
多少プライドに障る事にはなるが、今の菱井にとって「女の子と恋愛のきっかけを作る」と言うのが最優先事項だ。この際背に腹は代えられない。
「……無駄に歩き回るより、最初からそうした方が良かったんじゃねぇの?」
「言うなよ。で、北斗はどーすんだ?」
北斗は黙って首を横に振った。北斗は菱井と違って恋愛の都合に緊急性は無いし、そもそも未だに固く凝ったコンプレックスを持つ彼が「南斗の余り」を嫌がるのは当然の事だった。
「ごめん、お前、そうだったよな」
菱井は、自分の事でいっぱいで北斗の気持ちを忘れていた事に対し、素直に謝罪した。
「気にしないでさっさと行って来いよ。本当に無駄骨になるぞ」
「あーっ、ほっくと君だぁー!」
北斗が苦笑して手を振ったかと思うと突然、彼の身体は衝撃によって前のめりになった――山口が全力で体当たりしてきたのだ。
「ねーねー、見てくれた? あたしがミスコン勝ったとこ」
山口は北斗の顔の前に頭を突き出し、ミスコン優勝者の証のビーズクラウンを見せびらかした。いつの間に彼女が北斗の事を知ったのだろう、と菱井は疑問に思ったが、一度北斗を階段教室に連れてきた際、南斗と話しているところに彼女が乱入していたのを思い出した。
「俺達、その時間は自分のクラスの当番だったんすよ」
「あれ、何とそこにいるのはヒッシー」
山口は今頃菱井の存在に気付いた、とでも言いたげに目を見開き、そして面白いおもちゃを発見した子供のような、悪戯な笑みを浮かべた。
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